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英語に接する日本人の5類型

 どんな言語でもそうだが,その言語を深く習得し,あるいは内面化するほどに,その言語が使われている地域や国,そして伝統,文化,社会経済の諸制度に愛着,同一化傾向を示すものだ。

 この傾向を熟知する米国寡頭勢力は,この英語ソフトパワーの利用に長けている。せっせと日本から産学官のエリート留学生を受け入れ,ソフトに親米派を醸成してきている。

 英語,特に米語を学ぶということは,この陰微なソフトパワーの影響下に参入しつつ,英語とその背景にある精神,伝統,発想,制度,行動様式を獲得するということである。このあたりの自覚の仕方には,おおむね5通りあると筆者は考えている。

 1番目は,学習の効果が出る前にギブアップしてしまうタイプ。そして日本語という閉じた言語空間,日本という閉じた空間に棲息することを選択する。このような人々を「日本ガラパゴス系」と呼んでいる。

 2番目は,カッコよく話せないが,なんとか聞ける,書けるというタイプ。必要に迫られないと,積極的には英語を用いない人々である。このような人々を「どっちつかず系」という。

 3番目は,その言語に熟達し,その言語の発想様式を取り込んでしまう自分に陶酔するタイプ。このような人々はジェスチャーや表情まで,それ風にするのが心底カッコいいと思っている。留学経験者や外資系企業の日本法人などによくいるタイプだ。「ナルシスト系」という。

 4番目のタイプは,興味の対象が外国語から,その外国語が活用される対象,つまりその文化,制度,その言語で記述される学問へ向かうタイプである。その対象に傾倒するあまり,へたをするとその言語が使用される海外の大学や大学院まで行ってしまうタイプだ。「思い込み系」という。

 5番目のタイプは少数派。異言語に深く触れることにより,母(国)語に回帰してくるタイプである。この場合,やや過剰な回帰を伴うことが多く,民族の歴史やオリジナリティ,保守思想にまで遡っていくことがある。「伝統リターン系」である。

ローカル言語の1つが数百年で“世界語”になった

 いずれにせよ,英語に触れさせ,英語の理解者を増やし,聞いて,読んで,書き,話す,というコミュニケーションを英語で運用してもらうことは,英語圏や英語ネットワークにとって利益となる。

 カエサルがブリテン島に上陸した約2000年前には,英語は存在すらしていなかった。それから紀元500年後あたりから,今の姿とは異なるEnglisc(English)が現れた。シェイクスピアがせっせと著作活動にいそしむ頃,500万~700万くらいの人々が英語を用いるようになる。

 その後,英国による植民地支配,産業革命,北米における英語の採用,科学技術の普及などによって,英語は英米のみならず,インド,アジア,アフリカ,南太平洋の島々などの地域にまで広まった。1980年代には7億5000万人に使われるようになった。

 また,マグナカルタ,権利章典,人身保護律,陪審制度,英国コモン・ローを経て独立宣言まで,すべて英語で書かれており,いわゆる権利概念,自由主義,民主主義理念などは英語の浸透に乗って浸潤してきている。そしてIT,インターネットの出現,普及によって,英語の地位は決定的になりつつある。

 ソフトウエアを記述する言語は基本的に英語のロジックに沿って定められ,世界中のソフトウエア産業で最も使われているのは圧倒的に英語である。普遍的なニーズを正確に理解して,製品化し,普及させてゆくすべてのフェーズで影響力を持つ言語を押さえれば,圧倒的に有利だろう。そのポジションに英語が納まっている。また知的財産権に関連する契約を英語で記述すれば,これまた英語側に有利となる。汎用ソフトウエアとインターネット・サービスの領域で日本発の世界的なヒットが出ない根源的な理由の1つは,このあたりにある。