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 「専門家」の言うことを素人がウソと見破るのは難しい。科学者の言葉に現れてくる数字は,大方の人には真偽の程などまず不明である。それに比べて,文系の学者が言うことは,意外に簡単にウソが見破れる。

 たとえば,私が大学生の頃,「日本の常識は世界の非常識」と言われることがしばしばあった。当時の識者・評論家がしたり顔で語っていたこの言葉には非常に納得した覚えがある。しかし,今考えてみると,どこの国でも,その国の常識が他の国にとっては非常識というケースはよくある。ここ十数年間の国際情勢を見ても,米国の常識が世界から見れば非常識という事例はたくさんあった。

人文・社会・歴史学者のウソは見破られやすい

 「専門家」と称している人の中には,相手が知らないと思って言いたい放題というのも少なくない。かなり前だが,あるテレビ番組で,日本人のマナーの悪さを指摘していた「専門家」が次のように話していた。「ヨーロッパの歩行者はマナーがよくて,交通ルールが実によく守られ,夜間で車が走っていなくても赤信号だと歩行者は横断しないで青信号になるのを待っている。日本の歩行者は車が通らないとみると信号無視をする」。

 これなど大嘘もいいところだ。私が初めてヨーロッパに行ったときに面食らったのは信号も何も関係なく横断を試みる歩行者たちの姿だった。その後,東南アジアでも中国でもアフリカでも同じような場面に遭遇した。おそらく日本の歩行者のマナーの良さは世界有数ではないかと思うほどだ。

 逆にヨーロッパから帰国すると,日本のドライバーのマナーの悪さが目についた。最近でこそ減ったが,ところかまわずクラクションをならす非常識さ,あるいは歩道の前に歩行者が横断を待っていても停止しない車の多さ。細い田舎道なのに徐行運転などせず,歩行者や自転車を追い立てる光景は日常茶飯事だ。それに比べてヨーロッパはドライバーのマナーはよかった気がする。

 しかし,実際にヨーロッパに行ったことがない人には,「専門家」と称する者のつくウソは見抜けない。ウソを見抜けない以上,信じるしかない。「ヨーロッパはこうだ」と言われると,「はい,そうですか」となる。ところが,数字が並べられている科学の世界と異なり,素人であっても「百聞は一見にしかず」で,一目見れば,でたらめがわかってしまう。よって,いつまでもウソをつきとおすことはできない。

 歴史家のウソはさらに手が込んでいて「象の鼻」という方法を使う。象という動物を知らない人に,象の鼻の写真だけを見せて「象とは細長い動物だ」と言って納得させる方法である。自分に都合のいい部分のみを見せて,全体像を隠し,自分に都合のいい虚像を信じ込ませる。これも,すぐに反証が出されるから,なかなかつき通すことができないウソである。一般に文系のウソは簡単に見破られやすい。問題は科学者の言葉である。