PR

 正直な気持ちを打ち明けると、本連載で様々な記事を拝見しているうちに、サービス・イノベーションという用語に限界を感じ始めていた。従来から、サービスという語感から想像されるのは、やはり便利さや快適さを顧客に提供する行動というニュアンスがある。その印象は、数々の連載から勉強させていただいた現在も、やはり強く残っている。

 以前にも、私の記事で引用した碓井氏による「人・物・金・情報を対象として、これを目的に応じて取り扱うに当たり、その支援とこれに伴う付加価値を提供する機能」というサービスの定義は、経営および生活にとって必要となる多様なリソース(人・物・金・情報)が起こす相互作用によって新しい価値を生みだすダイナミズムを感じさせるもので、私も深く共感している。

 しかし、実際に個々の記事でサービスについて具体的に記述する段階では、提供者から受容者へという1次元的な流れに帰着される印象があった。もっとも、内藤委員の挙げられたような旅館業務や清掃業務、あるいは矢田委員によるレジ入力業務は、サービス提供者が直接接触したことのない不特定な顧客集団にまで快適さを波及させる可能性が期待できる点で、新しい視点をもたらしているように思う。

サービス・イノベーションの原点に立ち戻るための参考書、『パルミサーノ・リポート』

 サービスという概念の原点に立ち戻るために何か良い参考書がないかと思っていた矢先、ふと見直した記事がある。アメリカのCouncil on Competitiveness(CoC)が2004年に、産学官のリーダーを集めて作成した報告書『Innovate America:Thriving in a World of Challenges and Change』である。

 これは、産業界の代表が米IBM会長のパルミサーノ氏であったので『パルミサーノ・リポート』とも呼ばれている。日本でも、サービス科学あるいはサービス工学の専門家と称する研究者らがよく引用する文書であるが、98ページに及ぶこの報告書を完読する時間は、正直のところこれまで私にはなかった。自分に関連すると思う部分を読んだ断片の理解を、自分が生み出した別のセオリーと結合して発想を創り出すためのヒントとしては用いたことがあったものの、全文の引用は遠慮していた。

 改めて読んで、驚いた。同報告書に書かれていることは、相当に歪曲して日本国内に伝承されている。まるで伝言ゲームである。私はかつて「サービス」とは何であるのかという質問を、何度もサービス技術の関連研究者に聞いてきた。そして、相当な頻度で聞かされた答えによればサービスとは「モノの製造をしない仕事のこと」であった。当時、私はその考えを、どうしてもストレートに受け入れることができなかった。私の知る繊維業者も医療機器メーカーの人々も、愛用語は「お客様へのサービス」だったからである。

 サービスがモノづくりでない仕事だと言った研究者たちは、私がパルミサーノ・リポートを読んだこともないと告白すると、無知をしっかり補うように忠告してくれたものである。しかし、私はどのような理論や書き物よりも自分の目と耳で見た現場の事実を信じるから、サービス業を製造業と分け隔てるような文書の全体に目を通すなど時間の無駄であると考えていた。

薄らぐサービスと製品製造の境界線

 しかし、改めて私が読んだInnovate Americaにあった内容は、伝聞していた内容とは真逆であった。そこには、サービスと製品製造の境界線が今(2004年時点)や薄らぎ、サービスを統合するべく製造業が変貌を遂げていることが、さまざまな実例から述べ綴(つづ)られている。しかも、「サービス業界が製造業界の経済規模を圧倒的に凌駕(りょうが)しつつある」などと言ってサービスと製造を分別しては、この変貌を見逃してしまうことも忠告している。

 米国の先駆者が示した道に従うことは、私にはできない。誰かの敷いたレールに沿って歩むことは、極論すれば研究者の職務放棄に当たるだろう。しかし、日本国内の伝言ゲームによって生まれたのかもしれないパルミサーノ・リポートへの誤解は、サービス・イノベーションの方法の進歩にとって大きな障害となったのは事実であろう。私が理解しているサービスとは、さまざまなリソースを統合して新しい価値を生み出すようなシステム全体の中で人が果たす役割である。

 ここでいうリソースとは、石油やレアメタル、さまざまな人工物、そして人や知識まで含む人間社会のパーツである。これらのパーツが集まり、そして適切に統合されたシステムとして社会が、そして市場が駆動することによって新たな価値が生まれ流動する。それが私の考えるサービス・システムであって、そこから「サービス」だけを取り出したり「製品」だけを取り出したりしていては、戦略的にビジネス・シナリオを生み出すことはできない筈ではないか。