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 誰もが編集可能なオンライン百科事典であるウィキペディア。本書はこの便利なサイトが,いかに始まり,どう成長の軌跡をたどったのかを,自らウィキペディアの編集者として関わっている著者が丹念に描いたものだ。

 前半は,ウィキペディアの創始者が前身となるプロジェクト「ヌーペディア」を始めた経緯や,協力者の登場によってプロジェクトの方向性が変化し,ウィキペディアへと発展していく様子などを時系列でまとめている。正直なところ,各プロジェクトの詳細や登場人物,協力者については冗長だ。逆説的だが,要点を把握するにはオンラインでウィキペディアの記事を参照した方が早い。

 しかし中盤以降に展開する,ウィキペディアの各国語版が成長していく様子や,ボランタリ精神を発揮して記事執筆に協力する参加者が増えていく様子,それに連れて生じる編集方針の対立や解決のドラマの描写は興味深く,読み応えがある。また,ここまで読み進めると,前段でウィキペディア登場以前のトピックにボリュームを割いた著者の意図も理解できる。

 例えば,不特定多数が参加するオープンソース・ソフトウエア開発の雰囲気や,初期のMacintoshの同梱ソフト「Hyper Card」のようなハイパーテキスト・アプリケーションが与えたインパクトといった,数々の“ウィキペディアの起源”が,ウィキペディア特有の文化に影響を与えていることが分かる。

 その特有の文化とは,「他者の編集を善意と見なす」,「記事の中立性を確保するため継続して改編し続ける」という考え方だ。主義主張を異にする参加者間の編集合戦や,悪意のある書き手による品質の劣化が生じても,“ノート”という本編とは異なるページで議論を重ねることで,コミュニティが醸成され,問題を解決してきた。

 こうしたウィキペディアの発展のストーリーを追ううちに伝わってくるのは,不特定多数による百科事典の編集,という無償のプロジェクトが成功した背景には,ベンチャー精神とボランタリ精神という米国特有の社会環境があったことだ。ドットコム・バブルの崩壊によって,多数の求職中のエンジニアがウィキペディアの編集にのめり込んでいったことが収録記事の充実に寄与した,という記述があるが,これも労働力の流動性が高い米国特有の現象といえる。

 そこで疑問に思うのは,日本語版のウィキペディアが成立した環境だ。日本と米国とではボランタリな個人活動を支える土壌は異なるが,記事量は十分充実している。本書でも日本語版が記事数では言語別でトップ5に入ることなどに触れてはいるが,いかに執筆が活性化していったかまでは触れていない。この不足分についても,「ウィキペディア日本語版」を参照することで,一定の情報量を得ることができた。

ウィキペディア・レボリューション

ウィキペディア・レボリューション
アンドリュー・リー著
早川書房発行
1470円(税込)