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 ついに政権が交代した。今後の大改革を期待する人は多い。筆者もその一人だ。だが民主党の政策は必ずしも明確ではない。政官財の癒着、鉄の三角形を壊そうという考え方、「コンクリートから人へ」のシフトはよくわかる。ダムの建設費が子供手当ての財源になるのに賛成の人は多いだろう。だが国家運営とは毎年の予算配分にとどまらない。かつてサッチャーは福祉国家から個人が自立する社会を作るという理念を掲げた。そして労働者に公営住宅を払い下げ、また元国営企業の株式を買うように促した。まさしく社会の構造を改革する戦略だった。わが国の改革にも「工業振興、輸出振興、拡大成長」に変わる理念、そして社会のありようを変えていく戦略が必要だ。

■明確な政党理念の打ち出しを

 最近、「自民党は派閥間で政権を回し合って“擬似政権交代”をしてきた」という説をよく聞く。今回はそれが終わり、ついに本当の政権交代が起きたのだという。だが実質、本当にそうか。民主党のマニフェストは具体的でよいが、全体としてどういう国を目指すのか、理念と戦略が見えない。そんな中、こうして政権が代わってもどこまで持続可能な改革が進むのか確信がもてない。

 もっといえば、今回もひょっとして“擬似政権交代”だったと気づく日が来る可能性がある。小沢一郎氏は自民党の最も古い部分を象徴する人物である。民主党にはほかにも元自民党員が多数いる。極端な言い方をすれば「自民党のDNAは民主党という“党外巨大派閥“において依然、実質的に政権を維持している…」といえなくもない。現に民主党の支持層は前回選挙では小泉自民党を支持した。ことほど作用に有権者は両者の本質的違いを気にしない。

 もちろん、今回の政権交代はれっきとした政権交代だ。だが民主党には「アンチ自民党」を超えた積極的な理念が見えない。これはゆゆしき事態だ。長年、わが国には「与党」と「野党」しかないといわれてきた。議員の多くは実益志向だ。政権政党に入って現世利益を実現したがる。そういう議員の止まり木が与党であり、それの批判で議席を維持しようという勢力が野党だという見方である。確かに民主党も自民党も議会内の行動様式をみると“理念に基づく政党“というよりも議会内における“集団競技の道具”という存在に近い。この伝でいけば民主党は数年で“与党化”し、実質においてかつての自民党と同じ行動様式をとる可能性すら否定できない。

■擬似政権交代は日本のお家芸

 実は戦後の日本は“擬似政権交代”を何度も経験してきた。ひとつは70年代の革新自治体である。共産党や社会党の知事や市長が輩出した。冷戦時代とあってさすがに国政レベルでは自民党が政権を維持した。だが人々は自治体経営を左翼に政権を託した。90年代にも大きな政権交代があった。橋本改革である。そこでは霞が関から永田町への政権交代が起きた。大蔵官僚が政官財のトライアングルの主役の座から引きずり下ろされ、官邸主導の時代となった。このように権力シフトは時々起きていた。問題はその主役に「政党」がなかなかなれなかったことではないか。そして、その原因はわが国の政党の理念と国家運営の戦略が明確でないことに由来するのではないか。

■フローからストックへ

 当面、民主党は自民党が構築してきたものをどんどん壊す気配だ。「業界、族議員、官僚」の鉄の三角形の破壊、その象徴である天下りの禁止など勇ましい。これを象徴する言葉が「コンクリートから人へ」であり、含意はよくわかる。

 だが「コンクリートから」はわかるが「人へ」のほうは内実がはっきりしない。子供手当てだけではないはずだ。またコンクリート、つまり公共事業は曲がりなりにも地域の経済基盤を整備するための投資だった。そして都市計画や産業誘致といった経済政策全般につながっていた。これに比べると「人へ」のほうはどうか。あまり戦略がない。

 わが国が閉塞を脱却できない理由は「不安感」にある。女性は子供の教育負担を恐れ、子供を生まない。中高年は老後が心配で貯金ばかりして消費にお金が回らない。その結果、資産リッチのはずのわが国の一人当たりGDP(国内総生産)はついにシンガポールを下回るところまで低下した。国家運営の目的は、もちろん人口増加と経済活性化だけではない。だが、この2つが極端に低下する事態はまずい。だとすれば「女性が子どもを産みやすく」かつ「中高年が老後の不安なく高度成長期に蓄えた資金を使う」政策を展開すればよい。

 まず女性のほうだが最初に確認すべきは、米国や北欧などでは「女性の社会参加率が高まるにつれ、出生率も上がっている」という事実である。なぜなら夫婦で働けば家計に余裕ができる。余裕があるのでベビーシッターや託児所のお金も苦にならない、女性も若くして結婚するので子供が2~3人産める。わが国でも待機児童をゼロにする動きは盛んだ。だが、それだけではだめだろう。たとえば男性に育児休暇を必ず取らせる。男性が家事を手伝うようになり、女性が職場復帰しやすくなる。また男性も育児休暇を取れば職場の昇進で女性が不利な現状が変えられる。

 次に中高年のほうだが、介護や老人医療を福祉だけでなくビジネスの視点から育成すべきだ。今でも富裕層向け人間ドックなどは保険の対象外で高価格、高サービスの事業として成り立つ。この対象をもっと広げ、私費で富裕層が高度医療を受けられるようにすべきだ。そして、そこから得た収益を病院全般の整備に使えばよい。介護も同じだ。公共事業をやめた資金でデイケアセンターやホームをどんどん作る。多くの欧州諸国のように誰でも65歳になればどこかのホームに入れる状況を実現すればよい。すると彼らは安心して趣味や遊びに個人資産を使うようになるだろう。

 わが国の国民の金融資産は1400兆円に上るといわれる。その多くを都市部の富裕層が持っている。今のままでいくと、彼らはその資金を使わずに亡くなる。そして相続税で国家が持っていく。となると財政赤字の解消には寄与するものの、実体経済の改善には寄与しない。本来は、金融資産は消費に回る、あるいは民間への投資に回り、その過程で税収を生み出すのが筋ではないか。

 「人」にまつわる政策はややもすれば救済、福祉と考えられがちだ。だが公共事業に変わって人が社会と経済の活性化の基軸になる時代が来る気がする。

(注)本稿の内容は筆者の私見によるものであり、大阪府もしくは特別顧問としての公式見解ではない。また特定の政党を支持する視点から執筆したものではない。

上山 信一(うえやま・しんいち)
慶應義塾大学総合政策学部教授
上山信一

慶應義塾大学総合政策学部教授。運輸省,マッキンゼー(共同経営者)等を経て現職。専門は行政経営。2009年2月に『自治体改革の突破口』を発刊。その他,『行政の経営分析―大阪市の挑戦』,『行政の解体と再生』など編著書多数。