リーマンショック以来の不況は、日本のIT業界にも影を落とした。だが、「情報システム」分野のニュースランキングを見る限り、そこにあるのは暗い世相ではない。これからの10年を象徴する、新たな情報システムのあり方やIT業界の動きが浮かび上がってくる。
脱パソコンを象徴する新製品
不況を反転させる力となるのは、何と言っても魅力的な新製品の存在だ。年間ランキング1位となった「キングジム社長がポメラ誕生秘話語る」では、開発元であるキングジムの商品開発方針が語られている。いわく「9人が反対しても1人だけが素晴らしいと絶賛するような商品ならヒットの可能性がある」。ポメラはテキスト入力専用のモバイル端末だ。テクノロジー的に目新しさはないが、市場に受け入れられたことの意味は大きい。モバイル端末と言えば、事実上これまでノートパソコンか携帯電話しかなかった。ポメラの存在は、第3の選択肢が現実的になってきたことを示している。
14位にランクインした「iPhone/iPod touchでExcelファイルを直接編集できるアプリが登場」も、第3の選択肢の候補であるスマートフォンの広がりを象徴する製品である。情報システムは製品単体の魅力だけで市場に受け入れられることは少ない。その周りに広がるエコシステムの大きさも、重要な要素である。iPhone上でExcelを編集できるようにするアプリケーションはiPhoneのエコシステムを大きく広げた。このような製品が増えてくるにつれ、脱パソコンはますます加速される。
IT関連の新製品は、とかくスペックでの競争に陥る傾向がある。しかし、これらの製品を見れば、ユーザーに新しい仕事のスタイルを提案する製品こそが興味を持たれることが分かる。特に時代のポストWebシステムを模索する今のような変革期には、それが顕著に表れる。
使えるWebサービスへの期待
変革をもたらすのは新製品だけではない。Web上で提供される新サービスに対する視線も熱い。2009年はTwitterが爆発した年でもある。Twitterは日を追うごとにユーザー数を拡大しており、ビデオリサーチインタラクティブの調査によると、7月に86万人だった利用者数は、1カ月後の8月に193万人へと倍増している(関連記事)。情報システム分野でもマイクロブログは大きなテーマで、Twitterを追う「Amabaなう」の開始を伝えるニュースが3位となるなど多くのアクセスが集まった。
6位にランクインしたのが「無償のWeb版Office、今秋にベータ公開」である。無償Officeと言えば、古くはオープンソースの「StarOffice(日本ではStarSuite)」、最近ではネット上のサービスである「Google Apps」がある。StarOfficeに対抗する無償版Office製品を投入することはなかったマイクロソフトだが、Google Appsには「Office Web applications」という形で競合サービスをぶつけてきた。
クラウドコンピューティングの浸透
使えるWebサービスが広がってきた背景には、クラウドコンピューティングの浸透がある。今、大手メーカーやインテグレータがクラウドへの参入を宣言し、その構想を語り、具体的な案件につなげている。そうした動向を伝えるニュースへのアクセスが多かったのも、2009年の特徴である。
メーカーやインテグレータ自身によるクラウドの採用を伝えるニュースが2件(7位の「NECがクラウド上に基幹システムを再構築へ」、17位の「富士ソフト、全従業員1万人が有償版Google Apps利用へ」)、クラウド関連の講演速報を伝えるニュースが2件(13位の「採用企業にしか分からない、クラウドの魅力と不安」、15位の「クラウドでITビジネスと開発スタイルはどう変わる? MSバルマーCEOが精力的に講演」)が、それぞれランクインした。
クラウドを巡るニュースでもう一つ大きな注目を浴びたのが、Gmailのシステム障害である。上位20位のうち、それに関連したニュースが4件もあった(8位の「米グーグルがGmail障害の詳細を発表」、10位の「Gmailで大規模障害」、12位の「Gmailの障害は2時間半で復旧」、18位の「Gmailで大規模な障害が発生」)。それだけユーザーが増えている証拠であり、クラウドのシステムが障害を起こすことによる影響の大きさと関心の高さを示している。
今年も多くのシステム障害
システム障害を報じたニュースは、もちろんGmailだけではない。いかに技術が進歩しようと、失敗プロジェクトやシステム障害、セキュリティ被害はなくならない。トラブル関連のニュースは読者が強い関心を寄せるため、毎年ランクインする。2009年は「高速1000円乗り放題、システム変更が間に合わず一部区間は4月下旬まで2000円に」(5位)、「IPA職員がファイル交換ソフト利用で、個人情報含む1万6000件を流出」(9位)、「大阪府羽曳野市役所でウイルス感染」(20位)がランクインした。
次世代スパコンはIT業界を超えて議論を呼ぶ
スーパーコンピュータが注目されることは少ない。生産台数が多いわけでもないし、その性能において日本勢の凋落が著しいからだ。だが「開発を凍結する」となれば話は別。2009年秋に政府が実施した事業仕分けによって、事業の存在意義を問われた次世代スパコンの開発は、IT業界を超えて広く議論を呼んだ。
ITproの情報システム分野では「次世代スパコン、事業仕分けで事実上の「凍結」と判定」が2位にランクインした。この問題は、単に「ナンバーワンを目指すべきか」といった感情論にとどまらない。事業の主体に問題はないか、採用する技術/方式は現状の路線でよいのか、果たしてユーザーはいるのか---など、多くの課題を抱えているところが、問題を複雑にしている。事業継続の是非のみならず、科学技術立国として、スパコンにどのように向き合うべきかを考え直す機会をもたらした。