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 顧客や利用部門が何を求めているか分からない、会うたびに要求が変わる。営業や開発の現場でそう感じることは多い。本当のニーズを知ろうとして、じっくり要望を聞くと無理を押し付けられる。一体、どうすればよいのか。チームデルタ代表取締役の谷口浩一氏は、優先順位を付けたうえで、あきらめればよいという。(日経コンピュータ、文中敬称略)

(写真:菅野 勝男)

 それがあなたの本当にやりたいことですか――。

 サイト構築などを手がけるチームデルタ社長の谷口浩一は、サイトの刷新を望む顧客に対して、いつもこのように問う。顧客は目の前の課題ばかりに目が奪われていたり、やりたいことを全部並べたりするからだ。谷口はこんな例え話をする。

 「あなたはどうしてもドリルが必要だと思っているかもしれない。しかし、本質的な問題に目を向ければ、そもそもドリルで穴を開ける必要はなく、別の方法があるかもしれない。それを一緒に探しましょう」。

 谷口は1000社を超える団体や企業のセミナーに講師として招かれたほどの人気Webプロデューサーだ。多分野の専門家が集うインターネットメディア「All About」では、専門家の人気ランキングの常連で、Webプロデューサーの中では首位を独走している。谷口は自身の強みをこう分析する。

 「選択することには長けている。何かを選択するということは、やりたいことの本質を見抜き、優先順位をつけて何かをあきらめるということだ。サイト構築に悩む顧客の大半は、あきらめることができないから選択できない。僕は選択することの大切さを、車椅子の生活の中から学んだ」。

 突然の出来事だった。アルバイト先の自動車工場で車の下敷きとなり、両足の自由を失った谷口は、学生生活も写真家になるという夢も、あきらめざるをえなかった。2年間の入院生活では、度重なる手術や感染症にひたすら耐えた。その後の2年間も入退院を繰り返し、小さな障害者向け施設でアルバイトすることが、社会との唯一の接点だった。

 両親が親戚らから「あなたたちは浩一より少しでも長く生きないと」などと言われているのを耳にしながら眠る夜もあった。不思議と夢の中では、車椅子ではない健常者の自分しか出てこなかった。しかし目を覚ますと、半径1キロ以内が谷口の世界だった。

 転機は担当医の一言だった。「埼玉県に障害者向けの大きな職業訓練センターがあるらしい」。

 思い切って広島県の実家を離れて訪れた。そこで谷口はパソコンに出会う。初めて触るパソコン。意外にもプログラマとしての適性が高いと評価された谷口は、プログラマとして社会復帰を目指すことになる。

 プログラマは数少ない職業の選択肢の一つだったが、一気に世界が開けた。事故から7年を経た、28歳のときだった。

 身体の不自由さと体力的な問題を抱えながらも、同僚たちに負けまいと必死になって働いた。様々な言語も身に付け、プログラマとしてのキャリアを積み上げていった。だが、どうしても周囲に合わせられないことがあった。それはプログラマたちの顧客への態度だった。