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 テレビ広告費市場の縮小に伴い,民放地方局の再編・統合が進むのではないかと言われている。もちろん,それも起こるだろうが,地方局に限らず,キー局が再編・統合されることになってもおかしくない。なおかつ,キー局の統合は,結果として視聴者にもメリットをもたらす可能性は大きい。

 同じく護送船団行政により守られていると言われた銀行業界も,今は数行のメガバンクに集約されてしまった。結果を見れば,再編・統合は当然の成り行きのように見えるが,事前の段階では大半の人たちがあり得ないと考えていたはずである。ある意味,放送業界と金融業界は似た者同士ともいえ,放送業界でも民放キー局の統合が起こっても不思議なことではない。実際に,民放キー局の再編・統合は,ここ3年ぐらいの間に起こるだろう,という声が関係者の間からも聞こえ始めている。

 放送局の統合を阻んでいるのが,マスメディア集中排除規制(マス排)である。マス排の立法趣旨は,少数の者が複数の放送局を支配するのを防ぐことにより,表現の自由を担保し,言論の多様性を確保しようというものである。また,新聞,ラジオ,テレビの三事業支配の禁止も,立法趣旨からすればマス排の使命であると考えられている。しかし,現実にはメディアの多様化が進んでおり,たとえ民放キー局であろうとも,その統合により言論の多様性が損なわれるとは思えない。むしろ数少ない民放キー局が統合しても,放送チャンネルの数を維持することで言論の多様化は逆に進展すると思われる。

 今は民放キー局各社が,それぞれ独自に1チャンネルを持っているため,バラエティ番組が潮流であると思えば,皆がバラエティ番組を放送するし,トレンディ・ドラマで視聴率が取れると思えば,トレンディ・ドラマを放送する。人気さえあれば同じタレントが各局で起用される。どこのチャンネルも同じような番組が放送されることになり,まさに多様化とは正反対のことが起こっている。

 しかし,放送局自体は複数社が1社に統合されたとしても,チャンネル数は変わらず1社で複数チャンネルを持つことになれば,どのチャンネルでも同じような番組を放送するようなことは無くなるだろう。ジャンルも,ドラマ,バラエティ,報道と分かれてもおかしくない。今よりも,放送の多様化を実現することになる。民放キー局各社の番組制作費は,年間で2000億から3000億の規模がある。それらが1社に統合されることになれば,制作費は5000億から7000億の規模に膨れ上がる。もちろん,チャンネル数は今と変わらないので,1チャンネル当たりにかけられる制作費が増加するわけではない。しかし,1社で同じような番組ばかり作り続けることは自社の利益に反するために,制作する番組のジャンルは多様化せざるをえない。

 CS多チャンネル放送では,アニメや時代劇の専門チャンネルが多くの支持を得ている。しかし,そうしたチャンネルの経営者が最も危機感を抱いているのは,民放キー局がアニメや時代劇の新作を作らなくなりつつあることである。その理由は,どういう番組を作るかという点に偏りが生じているからである。キー局の統合により,アニメや時代劇の新作を制作するコストも捻出されやすくなる。二次利用市場である専門チャンネルのマーケットで一定の支持を得ていることから,総制作費の規模が7000億にも達することになれば,アニメや時代劇に200億や300億の制作コストを投じることも,全体の中でのバランスを考えればそれほど無謀なことでもない。

 放送局の再編・統合を認めない理由が,言論の多様化にあるのだとすれば,明らかに今の状況は制度趣旨に反しているとしか言いようがない。むしろ,テレビ広告費市場の規模に合わせて,放送局の数を減らし,チャンネル数を今のままに据え置くことの方が,放送番組の多様化も担保されるだけでなく,幅広いジャンルにおけるコンテンツ資産を絶やさないことにつながるはずである。民放キー局の統合を認めるかどうかは,その決断自体のハードルが高いことは理解できる。そのメリット/デメリットは,必ずしも経済効果のみを理由にして測られるべきではない。ただし,視聴者があってこそのテレビ放送であるという原点に立ち返れば,視聴者にメリットがあると考えられる施策に対して,政府がためらうことは正しいスタンスであるとは言い難いのではなかろうか。