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 2009年12月17日公開の内藤耕委員のコラム(みかん購入者の約65%がリピーターに!サービス品質の管理を実現したネットショップ「紀伊国屋文左衛門本舗」)にあるように、サービスは提供前に品質が確認できず、サービスの品質を知ったときにはサービスの消費が完了し、満足・不満によらず対価を支払わなければならない。少なくとも、日本ではそう信じられているだろう。

そもそも原則が崩れたら、サービスのすべては根本から覆るかもしれない

 しかし、そもそもこの原則が実は仮定にすぎないとしたら、サービスのすべては根本から覆るかもしれないのだ。

 今、私はインドにいる。ラフ集合という数学的な話題についての学会で私に講演しろとカナダ人の友人から招待され、狂犬病などのワクチン注射をたっぷり打って渡航したのだ。私は「チャンス発見のためのイノベーションゲーム」という話をした。データの可視化を発展させたチャンス発見という技法がビジネスに役立ってきた話と、そのときの苦労を乗り越えるためにイノベーションゲームという遊戯的な会話環境を考案した経緯を話した。

 そして、原子力の高経年化(老朽化と異なる概念であるが、一部では同義語とされる)についてのアンケートに答えてもらい、さまざまな回答者のアンケートデータを可視化するとどのように視点の差が見えてくるか体験してもらった。可視化ツールを上から見るという「俯瞰(ふかん)」ではなく、地図の一点に自分を置く「実感」の意義を知ってもらえたと思う。

 インド人の聴衆は非常に数学的思考が速く、どんなに複雑な数式の暴れまくる発表にも対応できる人が必ずいる。そこまでの高速数式思考ができない私の話であったが、ほとんどがインド人である会場で、聴衆は誰一人途中退出しない熱意を持って聞いてくれた。

大学から一歩外に出ると、もう無茶苦茶

 ところが、大学から一歩外に出ると、もう無茶苦茶だ。私たちの歩く歩道にバイクが乗り上げて来るだけでなく、歩行者の私たちに警告のサイレンを鳴らしまくる。ほかの歩行者たちはそのサイレンを無視して平然と歩くばかりである。

 その歩道には、壊れたまま修理もされず放置された物が点在する。道路の路石が10m以上も未破壊で残っている場所は滅多にない。バスはドアを開けたまま走り、最前端の部分は無残にライトまで壊れているものも少なくない。しかし、タイヤだけはなぜかしっかり付いていて、町中でタイヤ修理の光景が見られる。その写真を撮ろうとすると、高級に見えるカメラを持つ私に物乞いが追ってくる。

写真1●オートリクシャーの中から、隣を走るオートリクシャーを撮影
写真1●オートリクシャーの中から、隣を走るオートリクシャーを撮影
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 このインドの道路で目立つのが、3輪からなるリクシャーである。原動機付きのオートリクシャーや足漕ぎの自転車リクシャーが、凸凹だらけの道路から歩道に乗り上げてくる。私たちはデリー市中を東西南北にリクシャーで走り、サンダルで歩き通して物売りから自称作家、カレー屋台の主人などに至るまで原子力高経年化についての基礎知識の街頭調査を行った。