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村上氏写真

村上 智彦(むらかみ・ともひこ)

 1961年、北海道歌登村(現・枝幸町)生まれ。金沢医科大学卒業後、自治医大に入局。2000年、旧・瀬棚町(北海道)の町立診療所の所長に就任。夕張市立総合病院の閉鎖に伴い、07年4月、医療法人財団「夕張希望の杜」を設立し理事長に就任同時に、財団が運営する夕張医療センターのセンター長に就任。近著書に『村上スキーム』。
 このコラムは、無料メールマガジン「夕張市立総合病院を引き継いだ『夕張希望の杜』の毎日」の連載コラム「村上智彦が書く、今日の夕張希望の杜」を1カ月分まとめて転載したものです(それぞれの日付はメールマガジンの配信日です)。運営コストを除いた広告掲載料が「夕張希望の杜」に寄付されます。

2009年12月4日

11月28日土曜日に、函館市の道南在宅ケア研究会に講演で呼ばれて出かけてきました。

夕張の鹿の谷から車で15km走り、新夕張駅から汽車に乗り、30分程度で南千歳に着きます。ここでスーパー北斗に乗り換えて3時間くらいで函館駅に着きます。

函館市は私が幼稚園と小学校時代を過ごした場所ですので、とてもなじみのある街です。新しくなった駅前には昔からあるボウニモリヤというデパートがあり、路面電車が走っています。

講演では「夕張市における在宅医療の推進」という題で話をさせていただきました。

元々北海道は本州に比べて在宅医療があまり進んでいない地域です。

広い寒冷地で核家族化率が日本一ということも影響しているのでしょうが、人口当たりの病院数が明治時代から本州よりも多いという医療事情も大きく関係していると思います。

実は夕張市も人口1万2000人の町に171床の総合病院があったおかげで、在宅医療はほとんど無い状態でしたが、現在は訪問診療や訪問看護を合わせると100軒くらいのお宅にお邪魔しています。

今回の講演では、そのような在宅医療を進めていった過程を中心に話をさせていただきました。

講演後の懇親会で驚いたのが、在宅医療がそれほど進んでいない北海道にあって、函館は比較的進んでいるということです。

大きな病院では退院時に在宅医療に向けてカンファレンスをして、療養中のバックアップをして、数軒の開業医の先生方がそれを支えています。

歯科の先生方が訪問歯科や口腔ケアを実施し、訪問看護ステーションの方がそれらをつなげています。

今回私を呼んで下さった大学の先輩でもある福徳先生は、ホスピスケアを実践していて、まさに「支える医療」を実践していることを知りました。

大切なことは「在宅だけ」ではなく

「患者さんの選択肢が広い」

ということです。

それぞれの希望や実情に合わせて選択肢が広くて、療養する場所を選べるというのが地域包括ケアの最も大切なことだと思います。

せっかく介護保険があってもサービスを選択できないというのは高齢化が進んだ地域ではとても悲しいことです。

これは医療でも同じで、居場所が無いからずっと病院にいて、貴重な時間が失われることや、医療機関が機能しなくなることは、その地域でその人らしく生きて死んでいくためにはとてもマイナスに働いてしまいます。

選択肢が無ければ、住みなれた地域を離れて少しでもインフラがそろっている都市部に人が流れてしまいます。そうして都市部の医療や福祉も飽和して崩壊してしまいかねません。

これではせっかくの地域の愛着や歴史、恵まれた自然環境が生きてきません。

懇親会で久しぶりに函館の海の幸を堪能しました。お刺身やお寿司、カレーの煮つけ等、とにかく出てくるものがすべておいしくて、久しぶりに大満足の夕食になりました。

第二の故郷である函館に行けたのもうれしかったのですが、多くの皆さんが高齢者に優しい街創りに真剣に取り組んでいるのがとてもうれしい一日になりました。

お世話になった皆様に感謝いたします。

ぜひまた見学に行きたいと思います。

2009年12月11日

なぜ、改革は必ず失敗するのか」というのは木下敏之先生の本の題名です。

最近、永森先生に教えてもらったのですが、実はこの本の中で夕張市の破綻についても非常に分かりやすく書いてあります。

夕張市に来て4年目になろうとしていますが、改めて夕張市の出来事を検証する良い機会になりますので書かせていただきます。

夕張市の破綻に関しては「炭坑から観光へ」の事業の失敗、国の政策に踊らされた結果の犠牲者、エネルギー政策の転換の犠牲者といった論調ですが、中身はかなり違います。

夕張市が財政破綻した時の債務の合計は632憶円です。このうち観光関連の債務は168億円で全体の27%程度で、残りは観光以外の赤字です。

実は観光事業は失敗していますが、黒字だった時期もあるわけです。

これに対して人口1000人当たりの一般行政職員数の全国平均は7.82人で、人口1万2000人の夕張市では職員数が93人であれば全国平均と同じとなりますが、2006年の時点で夕張市役所の職員数は406人のうち一般行政職員数は188人。

全国平均より約100人も多く、1人当たりの人件費が年間700万~800万円になりますから年間8億円くらいになります。この10年で80億円にもなります。

観光以外の借金464億円の内訳は、

・一般会計270億円

・住宅管理事業53億円

・病院事業31億円

・上下水道関連事業46億円

です。

つまり借金の70%以上は、人口減少しているのにスリム化していなかった人件費と公共サービスのために生じたものですが、誰もそう思ってはいません。

またせっかくの人件費も多くの方が夕張市以外に住んでいましたので、夕張市には落ちていません。

さらに632億円の借金が破綻した瞬間に350億円になっていましたから、なぜか282億円がチャラになっています。これは税金で穴埋めされたことを意味しています。

なぜ破綻して、どこが悪かったのか、といった反省が無ければ再生などあり得ないことです。

裕福だった過去に戻そうとすると、再生どころか再び破綻することを意味しています。

高齢化した地域に必要な社会保障である保健・医療・福祉といった最低限のインフラが必要なのは分かりますが、予算が限られているのに「住民が望むから」という理由だけで過去の間違いを繰り返すとまた破綻してしまうと考えるのは当然だと思います。

現在日本全体でも収入が40兆円を割る状態で90兆円を超える予算を立てて今までの公共サービスを維持しようとしています。

支出のうちすでに借金の返済に20兆円かかる状態です。少子高齢化が進み、労働人口が減る中で借金を返していけるのでしょうか?

とても残念ですが、「あれもこれも」から「あれとこれ」といった選択が必要になってしまうのですから大変な時代になっています。

ところが何とか改革して将来につけを残さないようにと頑張ると、既得権益を守ろうとする人達が頑張って、改革しようとする人を悪者にして追い出してしまいます。

最近になってますます夕張市で起こっていることが、日本全体の縮図になっていると感じてしまいます。

本当の再生は既得権益にしがみついて過去に戻ることではなく、身の丈に合った新しい姿になることのように私には思えます。

そんなわけで木下先生の本は、とても読みやすい本でしたのでぜひご一読ください。

とても勉強になりました。

2009年12月18日

12月19日に兵庫県明石市医師会のお招きで講演をしてきました。内容は高齢化社会における予防医療の話です。

冬期間ですので前日の金曜日の夜に新千歳から関西空港へ飛び一泊して、翌日電車で明石市に向かいました。

ちょうど低気圧が接近していたせいか飛行機は最悪で、久しぶりに揺れて上空でお茶も飲めないほどでした。

兵庫県明石市は人口29万3299人(2009年10月1日)。子午線(東経135度)の街として知られています。

戦前から飛行機産業が盛んで、現在も飛行機製造メーカーや電子部品メーカーがある地域です。阪神工業地帯、播磨臨海工業地帯の一部で、外国人労働者も多いのだそうです。

玉子焼き(明石焼き)が有名ですが、タコやタイ、アナゴ等の海産物も豊富で、商店街を歩いていると、新鮮な魚介類が並んでいました。

明石市の医療は充実していて、市民病院や癌センターをはじめ明石医師会立明石医療センターには訪問看護ステーションや地域包括支援センター、夜間休日急病センター等がコンパクトに集約されています。

肺炎球菌ワクチンの公費助成も開始していて、検診などの予防医療にも熱心に取り組んでいます。

医師会の担当の先生と話をしていると、

「今は医療も充実していていいのですが、今後高齢化が進んでいくと現在の規模で対応していけないので、在宅医療を充実させて予防をしていかなければ地域が守れなくなる」

といった危機感を持っています。

地元出身の先生が地域の将来を考え、熱心に予防に取り組んでいるというのはうらやましい気がします。

講演では歯科医の先生も来ていて、熱心な質問を受けていました。

講演後に医師会の橋本先生のご案内で、明石焼きを食べに行きました。

タコ焼きとは違い、シンプルな生地に大きなタコが入っていて、それを出し汁の入ったお椀(わん)に付けながら食べるといったものですが、観光客はほとんどいない先生が昔から通っているという古い店で、懐かしい雰囲気の中でおいしくいただきました。

夕張を出る時の気温が氷点下10度で、明石市では18度と汗が出るほど暖かい気温で、北海道の服装で出かけていた私は汗だくになりながら歩いていました。

来週は森田先生と宮崎県延岡市に講演に行きます。

この街は日本初の「地域医療を守る条例」を制定した街ですので楽しみです。

今年はこれで最後の出張になると思いますが、1月から数えますと40近い講演に行きましたので、取材なども入れるとずいぶん忙しい1年間だった気がします。

まだまだ先のことは分かりませんが今年もあと少しで終わりです。

2009年12月25日

12月19日に宮崎県延岡市で講演をさせていただきました。

2月18日の夕方に氷点下10度の夕張を出て、東京に一泊して翌朝宮崎空港へ飛び、電車で約1時間走ると延岡市に着きました。夕張から約1800km離れている久しぶりの遠出でした。

延岡市は宮崎県の北部に位置する人口13万711人(2009年11月1日現在)、旭化成の創業地工場群を有する工業の街です。

チキン南蛮発祥の地であり、ここ出身の有名人には社会民主党党首の福島瑞穂さんがいらっしゃいます。

日本全国で地域医療が崩壊している中で、延岡市も危機感を感じて、首藤正治市長をはじめ、行政の担当者、市民の皆さんが全国の先進地を視察したり、情報を集めて平成21年9月29日に全国初の地域医療を守る条例を制定しました。(以下に要約します)

基本理念

(1) 市、市民、医療機関全体で地域医療を守る

(2) 市民は健康の維持増進の努力をし、保健・医療・福祉が連携して健康長寿を推進する。

3者の責務

1、市

(1) 地域医療を守るための施策を推進

(2) 健康長寿推進のための施策を実施

2、市民

(1) かかりつけ医を持つ

(2) 適正受診(時間内受診等)

(3) 医師等への感謝

(4) 検診、健康診査の積極的受診と日頃からの健康管理

3、医療機関

(1) 患者の立場の理解、信頼関係の醸成

(2) 医療機関相互の機能分担、業務連携

(3) 担い手の確保と良好な勤務環境保持

(4) 検診、健康診査等の実施への協力

条例自体は「当たり前のこと」と思いますが、市がこのようなことを条例にしたことは画期的なことだと思います。医療が崩壊している一番の原因はこの当たり前のことができていないことにあるように思えます。

市民は「県北の地域医療を守る会」を設立し、積極的に他の市民に働きかけて講演会などを企画し、健康作りのための劇まで見せていただき、行政も市民の活動に協力しています。

講演会には約600人の市民の皆さんが参加され、議長さんや議員さんも参加されていました。

講演後に懇親会がありましたが、皆さんの熱い思いが伝わってきました。地域に愛着や理念を持つ首長さんと話をすると、とてもうれしくなります。

地域を想い、地域を守るためにそれぞれの立場の人達が立ち上がっていることに感動すら覚えました。

うらやましい限りです。

今後も延岡市の皆さんの活動を見守っていきたいですし、このような人達のためにならできるだけ協力していきたいと思います。

企画、運営して下さった担当の皆様、講演会に来て下さった市民の皆様に感謝いたします。

(編集者注:延岡市の例規集のサイトで、ページ左の目次の第七編民生の第七章保健衛生の最初に「延岡市の地域医療を守る条例」があります)