相反する基盤要件

 「スケールアウトとスケールアップを両立できるシステム基盤を作ってほしい」。06年秋、H2Oからこんな要望を受けたNECシステムテクノロジー(NECST)のメンバーは、思わず顔を見合わせた。同社はH2OのGP10計画で、システム基盤の設計・構築・運用を担当していた。

 GP10計画では売上高倍増の方策として、関西地区でのシェア拡大と他地区への出店を掲げていた。実際、この時点で博多への新規出店を企画するなど、積極的な店舗拡大を見越していた。業務当たりの処理量と、システム基盤に集約する業務や利用者の数を両方増やしても大丈夫な基盤を求めたわけだ。

 H2Oの要望を満たせる選択肢は、それほど多くはない。スケールアップはサーバー単体の処理能力を増強する方式、スケールアウトは複数のサーバーをつなげて処理負荷を分散させてシステム全体の処理能力を増強する方式のことだ。

 こうした相反する方式をどうやって両立するかが問題となる。ここで浮上したのが、ブレードサーバーと仮想化ソフトを組み合わせる手法だった。多数のサーバーで動いていた業務アプリケーションを、同一のブレード上に仮想化ソフトを使って集約する。このブレードの処理能力を増強すればアプリケーションの性能を高められる。業務や利用者の数が増えてくれば、ブレードの数を増やして1台当たりに集約する業務の数を減らせばよい。ブレード型ならば比較的少ないスペースでサーバーを増強できる。

 もっとも「その当時、阪急百貨店ほどの規模でブレードサーバーと仮想化を活用した例は初めて。まだ自信を持って薦められる段階ではなかった」。NECSTでGP10計画のシステム戦略立案を支援した樋口聡グループマネージャーは、こう述懐する。

 NECSTのメンバーはシステム基盤の技術検証と設計に着手。06年末から07年3月にかけて、システム基盤に使うブレードと仮想化の技術検証と基盤全体の設計を進めた(図3)。

図3●H2O の全社システム基盤
図3●H2O の全社システム基盤
ブレードサーバーで130台余りの物理サーバーを集約。仮想化ソフトを活用し、ネットワーク構成も簡素化して、システム基盤の設計・増設を容易にした
[画像のクリックで拡大表示]

 阪神百貨店との経営統合が発表されたのは、基盤設計が終わりに差し掛かろうとしていた3月末のことだった。

いきなり訪れた「変化」

 07年9月、JR大阪駅近くにある阪急百貨店のビルにある会議室に、阪急と阪神の情報システム部員から成るシステム統合プロジェクトのメンバーが集まっていた。

 会合の目的はメンバーの初顔合わせと、経営統合の枠組みに基づくシステム統合プロジェクトの大枠を確認すること。基本的に阪急のシステムに阪神のシステムを片寄せすること、新たな百貨店事業会社が合併して発足する08年10月をメドに主要なシステムを統合することが決まっていた。

 メンバーは一様に不安を隠せなかった。大阪の一等地に店舗を構える百貨店の社員同士、互いに顔なじみではある。しかし「実質的に期限は1年しかない。本当にできるのか…」。片寄せされる側である阪神のシステム部員に、特に懸念が大きかった。

 一方の阪急は、まさしくこうした「変化」を想定してシステム基盤の設計を進めてきた。

 旧阪急の情報システム部門出身である野田雄三システム企画室長は「とにかく前に進むことを考えよう」と発破をかけた。POS(販売時点情報管理)やMD(商品政策)といった両社の違いが大きい業務については、早急にフィット&ギャップ分析を始めることを決めた。併せて統合作業ごとに部会を立ち上げた。1カ月後の07年10月、持ち株会社H2Oリテイリングの発足と同時に、システム統合プロジェクトはスタートした。

 プロジェクトはマルチベンダー体制を取った。システム基盤はNECST、POSシステムは両社のメーカーが同じだったこともあって富士通、データウエアハウスはNTTデータ、営業系システムや本社の業務システムは阪急のシステム子会社であるウィズシステムが、それぞれ担当した。

 突然の経営統合にあわてさせられたのは、プロジェクトに参加した各社も同じだった。最もしわ寄せを受けたのがシステム基盤を担当するNECSTである。すべての業務の土台を、先行して作らなければならないからだ。

 事実、経営統合の発表直後の07年初夏にNECSTは基盤の再設計に着手している。統合の要件がなかなか決まらず、再三の見直しを実施。最終的にサーバー台数やストレージ容量はGP10計画の1.5倍ほどに膨らむと見積もった。既存の物理サーバー130台を集約するため、ブレードサーバー30台あまりを用意した。

 逆にスケジュールは過密になった。阪神のサーバー集約作業を加えた上で、08年8月ごろには全社のサーバー集約作業を完了させる。10月の百貨店事業会社の合併に間に合わせなければならないからだ。期間を余分に取るどころか、1年以上も前倒しすることになってしまった。