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近年,世界の携帯電話加入者数は飛躍的な伸びを見せており,多くの国で普及率も飽和状態に近づいている。そのような中,ミャンマーの携帯電話普及率は2008年時点で1%にも満たない状況にあり,他国から大きく取り残されている。ここでは,ミャンマーにおける携帯電話サービスの市場動向を解説する。

(日経コミュニケーション編集部)


松本 祐一/情報通信総合研究所 研究員

 ミャンマーでは軍事政権下に置かれている通信郵便電信省(MCPT)傘下の国営企業であるミャンマー郵電公社(MPT)が,唯一の固定・携帯電話事業者となっている。MPTは1993年12月,旧首都ヤンゴンでミャンマー初の携帯電話サービスをアナログAMPS方式で開始した。その後,1997年にはCDMAサービスを,2002年にはGSMサービスをそれぞれ始めた。

 さらに2008年7月には,W-CDMA方式の第3世代携帯電話(3G)サービスをヤンゴンで始めたが,未完成のインフラによる見切り発車だったため,50回線程度での小規模スタートとなった。MPTはネットワークを拡充し,今後,全国で20万回線を割り当てる計画としている。

 なお2009年3月には,ヤンゴンでテレビ電話対応のW-CDMA端末が5000台導入されることも報じられた。

 利用対象と規模は不明だが,ミャンマーでは音声以外の付加価値サービスも既に始まっている。2005年には,SMS(short message service)の利用が許可された。ただし送信料が1通4ドル(米ドル,以下同)と高額で,また国家保安上の問題からメッセージ内容がすべて検閲されていると報じられている。さらに2009年8月には,モバイル・インターネット・サービスが開始されるとの報道も流れた。

 ミャンマー政府は,2006年に首都を沿岸部のヤンゴンから内陸部のネーピードーへと移した。新首都では国防上の理由で,移転を始めた2005年11月から携帯電話の利用が全面的に禁止され,通信手段にはトランシーバが使われていた。世界において首都で携帯電話が使えない国は,恐らくほかに例が無かったであろう。2009年10月からは,ようやく新首都でもCDMA方式の携帯電話が解禁されるに至った。

携帯普及率はわずか1%未満

 国際電気通信連合(ITU)の統計によれば,ミャンマーの携帯電話加入者は,サービスを開始した1993年の600加入から毎年増加を続けている。1999年に1万に達した後,GSMを導入した2002年からはその伸びが勢いを増し,2005年には10万を突破した(図1)。最新のデータによると,2008年時点で加入者数は36万7400を記録している。それでも普及率はわずか0.74%にとどまる。ITUが公表している2008年の222カ国・地域の携帯電話普及率順位において,同国は最下位に位置しており,まさに世界の最底辺に属している。

図1●ミャンマーの携帯電話加入者数と普及率の推移
図1●ミャンマーの携帯電話加入者数と普及率の推移
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 携帯電話の開始時期では決して他国に引けを取らなかったミャンマーで,これほどまでに携帯電話が普及しないままとなってる要因には,当局の計画に基づく番号割り当てと,それにひも付く高額な加入権料が挙げられる。

普及を阻む二つの要因

 MPTは,国家の情報統制や保安上の観点から約5000万の人口に対しては非常に少ない,数千から数十万という規模で番号割り当てを行ってきた。これは,当局が携帯電話ネットワークを自ら統制可能な状況下に置くために,供給量を意図的にコントロールしているものと推測される。事実,2007年9月の僧侶による全国的なデモが発生した際には,一部の携帯電話回線がたびたび遮断されたことが報じられた。

 また,そもそもネットワーク建設の遅れから,人口に見合う回線容量を物理的に確保できていない事情もあろう。

 この希少性が高い携帯電話に対して,MPTは1000ドルから2000ドル程度という,世界でも類をみないほど高額な加入権料を課している。国連統計局によると,ミャンマーの2008年の1人当たり名目GNI(国民総所得)はわずか578ドル。一般市民には手を出せないぜいたく品であることは明らかだ。

 当局は,こうした「圧倒的に少ない番号供給量」と「高額な加入権料」によって一般市民の携帯電話所有を事実上排除し,携帯電話を購入できる者を,政府関係者や政府とつながりを持つ富裕層などに限定してきた。