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 「リサイクルは無駄である」という刺激的な文章を目にしたことがある。昨今の環境問題絡みの論争の一つとして登場したスローガンである。例えばペットボトルのリサイクルが環境に有益なのか負荷ををかけているかについて、研究者たちやペットボトル業界を巻き込んで議論が白熱化している。リサイクル賛成派・反対派、双方ともに各種数字を掲げているが、素人目にはどちらの数字が正しいのか分からない。

 ペットボトルのリサイクルは、業界発表数字が14万トンなのに対して、リサイクルを批判する立場の研究者からは3万トンしかないとされている。また、ペットボトルをリサイクルするときに使う石油の量は、業界が62.5グラムであると主張しているのに対して、批判側は238グラムとしている。ペットボトルを焼却するのに使う石油は96グラムなので、それより多いか少ないかではリサイクルの意味がまるで違ってくる。エコロジーの観点ではエネルギー効率が問題となるが、これほど平行線の議論では、判定など下せるはずがない。

 そこで立場を変えて、文化的視点に立ってみたらどうであろうか。日本の伝統はリサイクルとメンテナンスにある。三島由紀夫の作品『文化防衛論』の冒頭部分に日本の文化の特質が書かれている。冒頭部分は特に印象深かったので記憶が鮮明である。文化の連続性についての例えとして、伊勢神宮の式年遷宮の記述が載っていたのである。

 伊勢神宮は20年ごとに建て替えられる。もとあったオリジナルの建造物のコピーを建てて、コピーが完成するとオリジナルの建造物を壊し、その段階でコピーだった建物がオリジナルになる。これを連綿と繰り返すことが日本の文化であると述べられていたのである。

 調べてみると、建築技術や伝統工芸を伝承する期間として、20年間ほどを必要とするらしい。建材としての樹木の成長も考慮されているのだろう。廃材が出るが、これも無駄にしない。Wikipedia「伊勢神宮」の項で、次のように説明されている。「遷宮によって取り壊された鳥居や、神殿の古材は徹底した再利用が行われる。例えば、宇治橋の前後には大きな鳥居が立てられていて、これらの柱は、御正殿の棟持柱として使用された、檜を削り直して再利用したもの。その後、20年間使用された鳥居は、伊勢海道の入り口にある関の追分と、桑名の七里の渡口の鳥居となり、更に、その20年後には、日本各地の神社において、修繕材料などとして再利用されることになる」。技術の伝承、自然の生育、廃材のリサイクルとが自然な形で組み合わさっているのである。

 伊勢神宮の式年遷宮は1300年の歴史があるが、リサイクル経済が全国的に広まっていったのは江戸時代のことと言われる。鎖国下で海外からの資源流入が極端に減少した時期に、限られた資源を有効利用しなければならないという事情に迫られたことも背景にあるだろう。過大な評価は禁物だが、江戸時代をリサイクル文化の完成期とみなすことは可能である。

 江戸のリサイクルを研究している作家の石川英輔氏によれば、江戸時代は実に多様なリサイクル業者が存在していたようである。現在も盛んな古紙回収は、江戸時代も「紙くず買い」「紙くず拾い」が回収して古紙問屋に売り再生紙に変えていた。これなどは驚くこともないのだが、現在では処理に困りがちな生ごみは、共同のごみ箱に入れ、「ごみ取り」が収集して肥料に変えていた。