PR

 中国に進出した日系企業の総務担当者からは、セキュリティ教育の難しさを訴える声が多い。文化・慣習の違いから、日本では当たり前に守られている情報セキュリティのルールが守られないことも珍しくない。日本とは異なる環境で、社内にセキュリティ文化を根付かせるにはどのようにしたらよいか。

 実は最近、上海市内の様子を見ていて気付いたことがある。もしかすると、中国あるいは中国人の意識を変えたい時のヒントになるかもしれない。

『左行右立』で激変した、中国人のエスカレーターの乗り方

 筆者が住むマンションから会社までは、通勤時間約40分。地下鉄2号線に20分程度乗り、駅から徒歩で会社に到着する。駅では、エスカレーターを利用して地上まで上がるわけだが、ここ数カ月で上海市内のエスカレーターの乗り方が激変したことに気付いた。

 今の上海でのエスカレーターの乗り方は、右側に立ち、左側を歩くというマナーになっている。いわゆる日本の大阪方式だ。実はこのマナー、半年前には全く存在しなかった。今では、市外や中国外から来る人を除いて、老若男女問わずこのマナーに従っている。

 ほんの半年前まで、エスカレーターに乗る人は混とんとしていた。基本的には「先に前に出たもの勝ち」の世界であり、われ先にとエスカレーターに乗り込む。

 しかし、上海万博の開催に合わせて、マナー向上キャンペーンが始まった。町中にはボランティア活動中を示すゼッケンをつけた人が多数おり、町の案内をしたり、マナーに反している人を指摘したりしている。その活動の一つに「エスカレーターの乗り方」があった。エスカレーターのあるところには、ボランティアが『左行右立』という看板を持って立つ。エスカレーターの手すりにはステッカーが張られた。その効果は絶大だった。

 今では、マナーに反する人に対して、「間違っているよ」と周りから注意したり、無言で非難の目を向けるような行動も見られる。混んでいる時はエスカレーターに乗るための行列ができ、人の流れが滞る点でマイナスに感じるが、行動の変化があったという点で非常に面白い。

セキュリティルールの浸透は「ルールの明示」と「監視の目」

 エスカレーターのマナーが定着したように、情報セキュリティのルールを根付かせる場合にも、何らかの施策が必要だ。重要なのは、まずルールをはっきりさせて、正しいこと、間違っていることを明示することだろう。例えばポスターなどの掲示物で目に付くところにルールを明示するとよい。

 ルールに違反したときに、可能な限りその場で過ちを正すことも必要である。そのためには社内に「マナーリーダー」を数人立てるとよい。「マナーリーダー」は通常業務に取り組む傍ら、社内ルールを広めたり、周囲でルールに違反している人がいたら、指摘して直させたりする役割である。ここでは社員が自主的に守ることを期待して、マナーという言葉を使っている。結果として「マナーリーダー」以外の人間が、ルール違反を互いに指摘し始めたら成功といえる。情報セキュリティは総務部の担当者が担っていることが多いが、一人で情報セキュリティを広めるのは不可能である。そこで現地の社員と分担するわけだ。

 ポイントは「マナーリーダー」本人が、その担当になることで何らかの利益を得られるようにすること。例えば給料を若干上げたり、福利厚生面で他の社員よりも優遇したりといったことが考えられる。合わせて日本人の総務担当者が、社員と「マナーリーダー」の行動をチェックすることも必要である。もし問題があれば、「マナーリーダー」を直接指導するなどの改善をしなければならない。

 さて、上海のエスカレーターでは『左行右立』が習慣付いた。現在の上海市内の地下鉄でボランティアがどのような看板を持っているかというと「電車は降りる人が先、乗る人が後」という看板である。現状ではあまり認知されていないマナー。今後の変化が楽しみである。


富田 一成(とみた・いっせい)
ラック ビジネス開発事業部 セキュリティ能力開発センター
CISSP、CISA

このコラムでは、上海に拠点を置くラックのエンジニアが現地で体験したことを基に、中国のセキュリティ事情と、適切なセキュリティ対策について解説します。(編集部より)