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村上氏写真

村上 智彦(むらかみ・ともひこ)

 1961年、北海道歌登村(現・枝幸町)生まれ。金沢医科大学卒業後、自治医大に入局。2000年、旧・瀬棚町(北海道)の町立診療所の所長に就任。夕張市立総合病院の閉鎖に伴い、07年4月、医療法人財団「夕張希望の杜」を設立し理事長に就任同時に、財団が運営する夕張医療センターのセンター長に就任。近著書に『村上スキーム』。
 このコラムは、無料メールマガジン「夕張市立総合病院を引き継いだ『夕張希望の杜』の毎日」の連載コラム「村上智彦が書く、今日の夕張希望の杜」を1カ月分まとめて転載したものです(それぞれの日付はメールマガジンの配信日です)。運営コストを除いた広告掲載料が「夕張希望の杜」に寄付されます。

2010年6月4日

 夕張に住んで4年目になりますが、いつも気になっていた場所があります。

 私が住んでいる鹿の谷から車で5分ほど走ると、平和運動公園という野球場や陸上用のトラックとサイクリングロードがある広大な芝生の広場があり、その片隅に高さが100mくらいある大きな“ズリ山”があります。車で走っていると、周囲の山と比べると明らかに植物が少ないのですぐに分かります。

 ズリ山というのは、炭坑で掘進や選炭によって生じた岩石や砂の廃棄物を積み上げて出来た山のことで、本州ではボタ山と呼ばれることもあります。

 夕張には炭坑が20カ所以上あった関係で、よく見るとあちらこちらにズリ山がありますが、平和炭鉱のズリ山は見た目も美しく、眺めがよさそうなほど大きいので何となく一度は登りたいと思っていました。

 平和運動公園は、昔の北炭平和炭坑の敷地の跡に出来たものです。

 少し調べてみますと1937年(昭和12年)に開抗して、良質なコークスを産出していて、生産量は年間100万トン以上にもなったのだそうです。1968年には坑内火災もあり、1975年に閉山となっています。

 以前は夕張鉄道の平和駅というのもあり、主として石炭の積み出しに使われていたのだそうです。

 先週末は久しぶりに天気も良く、毎週当直で夕張から出られないこともあり、思い切って近くまで車で行き、リュックを背負い、登山靴を履いてカメラを片手にズリ山登山に挑戦してみました。

 傾斜がきつく、足場も不安定でしたが、約20分くらいで息を切らして何とか頂上までたどり着き、眺めを楽しみ、写真を撮って来ました。

 話によるとズリ山は積み上げた圧力で時々自然に火災が起こったこともあるらしく、人工の山らしく所々に鉄骨や石炭が出ていて、焼け焦げたような跡もありました。

 こんな人工の山にも徐々に自然が入り込み、わずかですが草が生えて木も生えてきています。

 下に降りてから山に入ってみると、坑口と思われるトンネルが5カ所くらいありましたが、コンクリートで塗り固められていて、そこからパイプが出てきています。

 炭鉱の穴というのは、放置しておくと地圧で徐々にふさがっていくのだそうですが、現在は中がどうなっているかは分かりません。

 夕張の炭鉱の跡を見ていると、文明を徐々に自然が取り戻しているような風景に見えて、私はそれを写真に収めるのが好きになっています。

 ほんの1時間くらいの冒険でしたが、下草が伸びてくる前のこの時期でないと山に入るのが大変ですので楽しめました。また外部のお客さんが来た時に案内できるバリエーションが増えました。

 平和以外にも丁未、鹿の谷、福住や昭和、旭町など随分あちこち歩いて、昔の痕跡を探していますが、次回は日吉という場所にも挑戦してみるつもりです。

 ある意味地元の人よりも詳しくなっているのかも知れませんが、週末であればご案内できますので、夕張へお越しの際には是非声をかけてみて下さい。

2010年6月7日

 6月2日の北海道新聞で夕張医療センターが救急搬送を断って、後日それに対して市長が遺憾の意を表明した件について、私なりに説明させていただきます。

 まず、今回の報道では私自身は一切取材を受けていません。

 北海道新聞の記者に確認したところ、「取材を申し込んだが事務で断られたので、市に取材してそれを書いただけ」との答えでした。

 つまり内容を検証したり、事実確認をしないで報道して、他のマスコミも同様に報道しています。

 夕張医療センターの常勤医は私一人ですので、確かに取材を受ける時間は限られていますが、私は来た取材を拒否したことはなく、時間があれば受けるようにしています。

 市長さんの会見も、会見前には私に一切の話はなく、会見後に事情を聞きに来ています。その席でも

 「1人で受けられないことは分かるが、重症者は受けてほしい」
 「以前には受けると言った」
 「他には受けたこともあるのだから受けられたはずだ」

など、総務課長を筆頭にどう考えても意図的なものを感じてしまいます。

 1人で365日24時間重症者を受けることは不可能ですし、診療所ですから時間外に検査等もできないし、人も少ない状況です。

 夕張市には医療機関は5カ所あり、すべて診療所ですので重症の方は周辺の医療機関に搬送します。

 救急車で隣町の栗山赤十字病院まで20分くらい、岩見沢市立総合病院まで30~40分、札幌まで1時間と、夕張市が陸の孤島というわけではありませんし、周囲の医療機関もとても協力的で受け入れて下さっています。

 後は市がどう連携するかの問題だと思います。

 夕張医療センターは公設民営方式で私達が指定管理者として運営していますが、そもそも契約上は有床診療所と老人保健施設の維持・運営を委託されていますが、救急医療や在宅医療は契約には入っていないのが事実ですし、それを決めたのも夕張市です。

 そのことについても以前から「市の責任として救急体制を考えて、指定管理の契約も見直して充分な予算を取ってやってほしい」と要望していました。

 4月から夕張医療センターは医師1人体制になっています。診療所ですから珍しいことではありませんし、運営上必要なことでした。

 しかし、19床の入院病床を持ち、120軒の在宅医療、110床の特別養護老人ホームや複数のグループホームの嘱託医、かかりつけ患者や観光客の時間外対応等をやっていますので、重症の救急患者の受け入れは物理的に無理な状態です。(完全に労働基準法違反になります)

 実際4月からの2カ月間、講演等で外に出る週末以外は毎日1人で当直していますので、買い物にも不自由する状態で、夕張から出られない状況が当面は続きます。

 そのことは1人体制となる4月以前に市長や市の担当者の方に話をしてありますし、4月に医師会、救急隊、行政が参加して実施された救急医療の会議でも説明し、皆さんが認識していました。

 救急医療は営業的には不採算な部門です。

 以前の夕張市の救急の予算は年間120万円ほどで、その予算も人件費等で消えていて、医療センターには一銭も入っていない状況ですが、「財政再建団体だから確保できない」と言われています。

 しかし、夕張市財政再生計画では市営住宅の建て替えなどには数十億円の予算が計上されていますから、予算が無いのではなくて私の目から見ますと、「夕張市の救急医療に対する優先順位が低かった」としか思えません。

 そんな中でボランティアでも可能な限り救急を受けていましたし、時間外にも対応していたのですが、ここの施設では受けられないと判断して後方病院への搬送を指示すると「拒否した」と言われてしまいます。

 以前は救急指定病院で総合病院だったかもしれませんが、今は医師1人体制の診療所ですから、主たる機能は時間内の外来や在宅医療、老人保健施設の運営や地域包括ケアです。

 そして、その総合病院を破綻させたのは私ではありません。

 心肺停止状態(CPA)になるような病気は心筋梗塞や脳卒中が代表ですが、夕張市のように周囲に専門病院がある場合そこへできるだけ早く搬送するのが大切だと私は思っています。

 また、今回のように自殺である場合、これは病気ではなく、ほとんどの場合死亡診断ではなく検案になりますので、医療より警察の問題になることが多いと思います。

 また市の自殺対策等が大切ですので、昨年の9月の中学生の自殺の時に、そのことを市にも要望していましたが、マスコミも含めて今日まで何もしていなかったのが現状です。

 いくら救急を充実させても自殺は減らせませんし、これこそ問題のすり替えだと思います。

 昨年の中学生の自殺の時に「自分の判断ミスを認めて謝罪した」と言われていますが、これは夕張の朝日新聞の記者が「そう言わないとお前は出ていくことになるぞ!」等と何度も電話をかけてきて無理やり記事にしたことです。

 私自身は「若い方なのでヘリを呼んででも高度な医療ができる施設に搬送すべきだ」と判断して、後方病院への搬送を指示したのが実際のところです。

 要するに市や夕張市のマスコミも総合病院時代の対応をしないと批判し、予算は出さないけど口は出し、責任は取りたくないというのが本音だと思いますが、このやり方は破綻した時のやり方ではないでしょうか。

 私は同じ過ちを繰り返したくないので、今後も以前の悲惨な状況に戻す努力はしたくはありません。

 このことで夕張市の医療がまた破綻しても誰も責任を取らないので、とても無責任だと思いますし、そうやって医療崩壊が助長されてきたと思っています。

 私達は民間の法人ですから今回の件で風評被害が出た場合には、夕張市の雇用を守るためにも法的手段に出るつもりです。報道する側にも責任があることだと思います。

 夕張へ来てからこのような対応はいつものことですが、それでもこの3年間で真面目に通院して生活習慣を改善して検診を受ける患者さんや、在宅で家族を支えるような方がとても増えました。必要のない救急車の使用も激減しています。

 安月給でも文句も言わずに地元のために働く職員も増えて、批判して投げ出すこともなく、医師1人体制の医療センターを支えてくれています。

 救急隊も私への負担を考えてトリアージをして、搬送先を考えてくれるようになりました。

 市役所も真剣に再生のために働く若い職員がいて、保健福祉分野の担当者も以前に比べたらとても頑張っていて、医療センターに足を運んでくれるようになりました。

 そんな人達は「気にしないで頑張って下さい」「分かっていますから」と声をかけてくれて、高齢者施設の責任者の方も気にして先日わざわざ励ましに来て下さいました。

 ありがたいことですし、感謝するしかありません。

 問題なのは破綻させたことに責任がある立場の人達が、また以前のやり方にこだわっていて、マスコミと一緒になって誰かのせいにしていることです。

 いつもより長くなりましたが、これが現時点での私の意見です。

 夕張へ来てから全く同じ考えでやっていますし、今後も変えることはありません。今後も破綻を受け入れて自ら立ち上がって夕張で頑張る人達を支えていくつもりです。