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 現時点で、国家IT戦略と呼ばれるべきものは、内閣官房の「高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部」(通称「IT戦略本部」)の「新たな情報通信技術戦略」(通称「新IT戦略」)だろう。しかし、新IT戦略の詳細版と言える工程表が6月22日に公表されるまでに、3つの戦略、提言が乱立している(図1)。

図1●この半年のIT政策の動向
図1●この半年のIT政策の動向

 これらを時系列で並べると以下のようになる。

(1)民主党情報通信議員連盟 情報通信八策 4月14日
(2)総務省 原口ビジョンII 4月27日
(3)経済産業省 情報経済革新戦略 5月31日
(4)IT戦略本部 新IT戦略の工程表 6月22日

 これらをバラバラに見ても木を見て森を見ないことになる。これらの関係性と意図をしっかりと見なければ現在の国家IT戦略は理解できない。

 まず、総務省の原口ビジョンだが、これは昨年末に新成長戦略の基本方針が出る直前、かつ新IT戦略骨子案が公表される前に第一版が公表されたもので、この時点では成長戦略との関係性は薄く、原口総務大臣の独断専行イメージのあるものだった。国家戦略の名称に自分の名前を冠するのも異例のことだが、その内容の積極性は大いに評価できるもので、その後の新成長戦略、新IT戦略の骨格をなすものとなった。

 一方、「民主党は明らかにITへの理解が乏しい」と悲嘆にくれていた経済界、特にIT業界は、成長戦略の議論の過程でITが中核をなすことがわかってきた意識の高い民主党議員たちに働きかけ、民主党内に「情報通信議員連盟」が誕生した。4月に発表された「情報通信八策」はその成果だ。

 民主党としても7月の参院選を控えてマニフェスト作成に入るタイミングだったので、渡りに船である。つまり情報通信八策は、マニフェストへのインプットという位置づけだった(表1)。

表1●民主党情報通信議員連盟 情報通信八策(2010年4月14日発表)
表1●民主党情報通信議員連盟 情報通信八策(2010年4月14日発表)
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 ところで、IT分野はこれまでも総務省と経済産業省の綱引きが目立ち、同様のテーマに両省が予算をつけるような実態があった。IT業界としても、セミナーなどの際に総務省を呼ぶと経産省を呼びづらいといった状況で、両省のいがみあいは有名なのだ。

 ところが政権が交代すると、労組出身の直嶋大臣を擁する経産省は、ITに関してはしばらく音無しの構えであり、原口大臣ばかりが目立っていたのが、この5月までの状況だ。しかし、産業構造審議会の議論を踏まえて、経産省が「情報経済革新戦略」を出すあたりから、盛り返しがはじまった。新IT戦略には、経産省の提言が総務省とバランスよく入っている。

各省のバランスが配慮された新IT戦略

 新IT戦略は、

1.国民本位の電子行政の実現
2.地域の絆の再生
3.新市場の創出と国際展開

の3つのモジュールからなり、各々10施策程度で構成されている。

 面白いのは、この構造の中に総務省、経産省を中心に、各省のバランスが配慮されていることだ(図2)。

図2●新IT戦略の構造
図2●新IT戦略の構造

 「2.地域の絆の再生」という一見ITとは関係なさそうな言葉は、原口ビジョンに当初から使用されていた用語で、このモジュールは完全に原口ビジョンに沿っている。「3.新市場の創出と国際展開」は、経産省の産業構造審議会で言われていたもので、経産省の情報経済革新戦略の中核をなすものであり、このモジュールは完全に経産省の戦略に沿っている。「1.国民本位の電子行政の実現」は、いわゆる電子政府のことで、総務省・経産省ともに主張している共通部分である。

 このほか、「どこでもMY病院」構想など、本来厚生労働省の所管である医療分野は、原口ビジョンを通して新IT戦略に入っている。本来、文部科学省の所管であるはずの教育分野も、原口ビジョンが代わりに入れている。高度交通システムなど国交省が絡む分野は、経産省が代わりに入れている形だ。環境分野は総務省・経産省ともに力点を置いている項目で、これは電子政府と同様に共通点である。

 ただし、例えば厚労省がまとめた同省の「新成長戦略」には、新IT戦略で書かれているようなITによる成長は書かれていない。実際、同省で深い検討があったようにも思えない。つまり、総務省の領空侵犯の可能性があるのだが、客観的に見て少子高齢化の進む日本において、医療・福祉などの健康分野が成長領域なのは間違いないだろう。

 厚労省は、社会保険庁の消えた年金問題や情報システム自体の契約にかかわる問題で随分と世間に叩かれており、ITに関しては煮え湯を飲まされた経緯があるので、わざと総務省に任せたのかもしれない。