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野村総合研究所 未来創発センター 主席研究員、チーフエコノミスト リチャード・クー氏
野村総合研究所 未来創発センター 主席研究員、チーフエコノミスト
リチャード・クー氏

 低迷する今の日本の姿は、1970年代に日本の追い上げを受けた米国によく似ている。70年代の米国は、当時急速な勢いで成長した日本の製造業に追われ、経済競争力を失っていた。そこで、米国は保護主義的な政策をやめ、国内産業の改革を促す政策に転換し、強さを取り戻した。今の日本はそのころの米国に学ぶべき点が多いはずだ。

 今や人々が好んで持ち歩くのは米アップルの「iPod」や「iPhone」で、インターネットの世界では検索サービスのグーグル。こういった分野は米国勢の独壇場である。こうした米国企業の強さは、当時の経済政策の転換によるところが大きい。米国は新しい技術やサービスを創造する人材を生み出した。対して日本はいまだに「欧米に追いつき追い越せ」の追従路線から抜け切れていない。

 日本は今こそ、これまでにない発想を生み出せる人材を厚遇すべきだ。日本から世界に発信できる新技術やサービスが生まれれば、日本全体が豊かになる。日本の人口約1億2000万人を食わせられる人材の育成に本気で取り組む時期に来ている。

バランスシート不況で投資抑制、「合成の誤謬」に陥った日本

 このような日本が抱える中長期的な課題とは別に、日本はバブル崩壊後「バランスシート不況」と長年戦ってきた。これは資産価格の暴落でバランスシートに穴があき、債務超過に陥った企業が行動の軸足を「利益の最大化」から「債務の最小化」に移すことで起きる。こういった現象は何十年に一度しか起きない極めてまれなものだ。

 日本企業はバブル期、借り入れを繰り返して不動産投資を拡大したが、91年にバブルが崩壊すると、企業の多くは借金が残ったまま、所有している資産の価値が暴落し債務超過に陥った。企業はバランスシートを修復するため、債務の返済に徹し、借り入れを伴う投資を控えた。

 資産価格の下落によって失われた富は大きい。土地と株式のキャピタルロスは、89年末からの累積で1560兆円にも及ぶ。

 その一方で、政府は景気回復を狙ってゼロ金利政策を実行したが、効果は表れなかった。それは企業の資金需要が発生しなかったことが大きい。バブル崩壊後の10年間、企業はバランスシートをきれいにするため「借り入れをせず、ひたすら債務の返済に努める」ことを続けてきたからだ。ゼロ金融政策が効果を発揮しなかった最大の理由はここにある。

 経済学では、ミクロ経済の視点では正しいと思える行動がマクロ経済の視点では適切な結果を導かない現象を「合成の誤謬(ごびゅう)」と呼ぶ。バランスシート不況は合成の誤謬そのものだ。

財政出動がGDPを下支え、中国はこの政策をモデルに

 とはいえ、バブル崩壊後の日本のGDP(国内総生産)をみてみると、バブル期のピーク時に付けた値を一度も下回っていないことは評価に値すると思う。91年の実質GDPは460兆円で、その後もGDPは伸び続け、2000年からは500兆円台を維持している。

 この要因は、日本政府が財政出動を実施したことにある。政府は1990年から2005年までの15年間で合計460兆円の財政赤字を出した。もっとも、バブルのピークだった90年にもある程度の財政赤字はあったので、その金額を毎年の赤字額から差し引いても、この15年間で合計315兆円の財政赤字を出したことになる。しかし、もし政府がこれだけの財政出動をしていなければ、GDPは少なく見積もったとしても、バブルが始まる前の85年程度の水準まで落ちただろう。これとは対照的に、市街地の不動産価格指数は2005年に、73年の水準まで落ちた。バブル期の水準に比べ、実に87%の下落である。

 政府による財政出動と、それによる巨額の財政赤字について世間の批判が絶えない。だが、政府の支援によって下支えしたGDPを90年から2005年まで累計すると、2000兆円に達する。見方を変えれば「460兆円で2000兆円を支えた」ともいえる。私はこれを歴史上最も成功した経済政策だと考えている。

 実際、中国は日本の政策を高く評価している。中国は2007年にバブルが崩壊してバランスシート不況に突入しかかった。そこで大胆な財政出動を実施し、民間の資金需要が減った分を下支えすることで、GDPの下落を防いだ。その中国は今、大きな成長を続け、日本のGDPを抜こうとしている。

 実は、バランスシート不況からくる問題はすでに終わりつつある。日本企業がバブルで被った借金の返済は、2005年ごろにはほぼ収束に向かった。2005年以降の景気回復はこれに起因する。

 ただ、バブル崩壊で痛い目に遭った経営者の“トラウマ”は消えていない。私はこの経営者のトラウマを「借金拒絶症」と表現している。

「借金拒絶症」を癒す政策で景気を本格的な回復軌道に

 借金拒絶症に追い打ちをかけるように、2008年秋にリーマンショックが発生した。これは海外の住宅バブル崩壊に端を発したものだが、日本の落ち込みは海外よりも大きかった。

 その理由は、日本の産業が強みとする耐久消費財の需要の落ち込みがひどかったことにある。日本の強さの源泉であった品質に優れた耐久消費財、それに使われる部品、それらを製造する生産機械が大きく落ち込んだ。これらの需要に大きく依存していた日本経済はリーマンショックの影響をもろに受け、日本の生産は一時、83年の水準にまで落ちた。

 その後は、在庫調整の進展やアジアを中心とした外需の回復もあって持ち直してきているが、それでもまだ生産は2003年の水準と非常に低い。それに加えて、日本企業の借金拒絶症はまだ癒えておらず、この症状が治らないままだと、景気は本格的な回復軌道に乗っていけない。

 麻生太郎元首相は在任時、設備投資分野の減税案を時限立法として提案した。私はこれを高く評価している。ただ、その後のリーマンショックで、この種の政策は立ち消えになってしまった。今ほど、経営者のトラウマを癒す政策が求められている時はない。