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東京大学大学院経済学研究科 ものづくり経営研究センター 特任研究員 吉川 良三氏
東京大学大学院経済学研究科 ものづくり経営研究センター 特任研究員
吉川 良三氏

 今、新興国の電器・電子製品の市場では、サムスン電子やLGエレクトロニクスといった韓国企業が圧倒的に強い。白物家電やテレビ、半導体の世界シェアのトップは2社が握っている。かつて世界最強を誇っていた日本の電機メーカーはその後じんを拝している。

 サムスンが世界市場で躍進している理由は、新興国に対する考え方や姿勢にある。サムスンは新興国を「市場」として定義し、その国の文化に合った地域密着型のものづくりを徹底した。ところが、日本企業は日本で設計したものを労働力が安価な地域で生産するという「生産拠点の国際化」にとどまった。

 私は1994年から約10年間、サムスン電子の常務としてサムスンのものづくり、特にITを活用した開発業務の革新に携わってきた。その体験から言えば、サムソンはグローバル化を理解し、それを実践している企業である。サムスンの戦略が本当のグローバル化であるのに対し、日本企業のアプローチはグローバル化とはいえない。日本企業はグローバル化の意味を真剣に考えなければならないだろう。

「地域専門家」を通じて新興国のニーズをくみ取る

 サムスンはグローバル化を推進するために、世界各地のニーズを把握する「地域専門家」を大量に育成している。人材育成拠点の「人力開発院」で集中的に教育した後、派遣先の国に1年間滞在させ、徹底的に現地の消費動向を探らせる。その人数は2007年時点で約3500人に及ぶ。

 地域専門家を通じてサムスンは現地のニーズを精査し、その国で求められる商品の特性を割り出す。その結果、機能と価格を両立した商品開発に成功し、現地で受け入れられるようになった。

 さらにサムスンはブランドマネジメントやアフターサービスといった「表の競争力」を強化し、消費者の認知を高くした。これがサムスンブランドの浸透を後押しする。実際、海外では「SAMSUNG」の広告をたくさん目にする。

 対して、日本企業はどうか。品質や生産方式、開発リードタイムなど「裏の競争力」の強化ばかりにこだわってきた。これでは新興国の消費者の目には映らない。

 そのうえ、日本企業は現地の消費実態をよく理解していない。日本市場向けの多機能かつ高品質な商品は新興国で過剰品質とみなされる。価格は高く、現地の消費者で買えるのはごく一部に限られる。

 結果は明らかだ。表の競争力を強化した韓国企業が新興国のボリュームゾーンのシェアを拡大した一方、日本企業はシェアを確保できなかった。

 日本市場は新興国とは対極に位置し、使いもしない高機能を求める消費者が多い。これに際限なく付き合っていると、グローバル市場に適合した商品開発に後れを取ってしまう。

日本追従をやめて世界へ、「3PI活動」で体質改善

 そもそも日本企業の技術力は10年以上前から衰退の兆候をみせていた。サムスン電子に在籍していたとき、日本企業が技術者を使い捨てにしているような印象を受けた。代わって、サムスンをはじめとする海外企業が日本企業を退社した技術者を雇い入れた。優秀な技術者には好待遇で報いるようにしなければ、技術者の日本企業離れに歯止めはかからないだろう。

 もちろん、日本の技術者にも意識を変えなければならないところがある。自分の技術力を過信し、「おれが開発した技術はまねできない」と自負する傾向が強い。ところが、技術はすぐに追従される。これまで以上にオープンな考え方で技術を磨くことを心がけるべきだろう。

 サムスンも最初から成功の道を歩んでいたわけではない。90年代まではなかなか利益が上がらない会社だった。

 転換点は97年に韓国を襲った「IMF危機」といわれる国家的な金融危機。このときサムスングループの李健煕(イ・ゴンヒ)会長は新しい経営戦略を掲げ、それまでの日本追従路線を転換した。市場として成長が期待できる新興国に販売拠点や工場、研究開発機能を移し、その国が望む商品を開発して販売するという経営のグローバル化に切り換えた。

 サムスンのグローバル化経営の象徴が「3PI活動」と呼ぶ3つの体質改善活動である。1つ目は先に紹介した「地域専門家」のような組織と人の革新だ。2つ目はプロセスの革新で、グローバルなものづくりに対応できる情報システムを構築した。製品情報をITで一元管理し、世界各地の拠点が一斉に製品開発と生産に携われるようにした。ここまでITを全面的に活用している日本企業は1社もない、というのが私の見解だ。

 そして、3つ目は商品開発の革新である。具体的には、日本企業が開発した製品の中身をリバースエンジニアリングで徹底的に分析し、各国のニーズに応じて必要十分な機能だけを取り入れるやり方を採用した。その結果、基礎研究を含めて自力で開発することにこだわる日本企業よりもスピードで優位に立つことに成功した。

 このほか、「デジタルものづくり」を全面的に採用したこともプラスに働いているだろう。マイコンを使って機能と部品を分離するモジュール型構造を商品に適用し、より効率的に商品が生産できるようにした。世界各地で設計・生産する際にモジュール型構造は有利に働く。

研究開発などの「体力」は今でも日本企業が優位

 日本のものづくりは今のままでは世界に通用しない。相当の危機意識を持って、これまでの組織、プロセス、ITの使い方を転換しなければ間違いなく沈んでしまう。

 それでも、日本の技術力は依然として世界に冠たるものがある。サムスンには基礎研究や技術開発の力はそれほどない。もう少し正確に表現すると、既存の技術を改良しながら組み合わせて、新しい製品の開発に力を入れている。半面、経営戦略上、新しい科学理論を使った技術開発、異分野の知識を融合させるアプローチはしていない。

 裏返せば、日本企業は研究開発力や裏の競争力といった「体力」で優れている。この日本企業の体力は使い方次第では新興国市場で一気に地位を確立する武器にもなる可能性を秘めている。