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村上氏写真

村上 智彦(むらかみ・ともひこ)

 1961年、北海道歌登村(現・枝幸町)生まれ。金沢医科大学卒業後、自治医大に入局。2000年、旧・瀬棚町(北海道)の町立診療所の所長に就任。夕張市立総合病院の閉鎖に伴い、07年4月、医療法人財団「夕張希望の杜」を設立し理事長に就任同時に、財団が運営する夕張医療センターのセンター長に就任。近著書に『村上スキーム』。
 このコラムは、無料メールマガジン「夕張市立総合病院を引き継いだ『夕張希望の杜』の毎日」の連載コラム「村上智彦が書く、今日の夕張希望の杜」を1カ月分まとめて転載したものです(それぞれの日付はメールマガジンの配信日です)。運営コストを除いた広告掲載料が「夕張希望の杜」に寄付されます。

2010年9月6日

 先週は羅臼町へ2年ぶりに行ってきました。

 夕張から羅臼町までは車で約420km、時間にして6~7時間の行程です。今の時期は高速道路も無料で、距離は長いですが以前に比べたら格段に行きやすくなっています。行きは旭川経由で斜里から知床横断道路を走り、羅臼岳と北方領土を眺めてのドライブでした。

 今回は私と歯科の八田先生、事務の須藤さんの親父3人組で出かけてきました。主たる目的は講演会なのですが、実は羅臼の知り合いの皆さんや、うちの職員が夏休みを取らずに働いていた私を無理やり休ませる目的もあった様子で、ありがたいことです。

 羅臼では議員の方や住民の方など地域医療を守る会が中心となり企画を進めてくれていて、約40人の住民の皆さんが集まりました。ケアマネージャの方、保健師さんなども来て下さいました。

 羅臼町では医師確保の問題から医療機関が縮小され、入院のベッドが無くなり、羅臼の人が羅臼町で死ぬことができなくなっています。そんな中で住民が自ら立ち上がり、住民が運営する高齢者施設を作ろうといった声も出ていて、その意識の高さに驚かされました。行政に「お任せ」にすることのない究極の「公」だと思います。

 皆さん歯科の八田先生の口腔ケアの話を随分熱心に聞いていました。明日からすぐにできて、予算もほとんどかからない口腔ケアは、どこでもできる予防医療の実践なのだと思います。ただ、医療や福祉と連携することが無いと、なかなか目に見えて効果が表れないのだと思います。(その辺の詳しい話については、八田先生を講演に呼ぶと聞くことができると思いますので、ぜひ・・・)

 私は夕張で進めている支える医療の話をしました。講演後には皆さん熱心に質問していましたが、聞いた話がより多くの人に伝わり、少しでも羅臼町の病気が減ることを祈っております。

 講演後の交流会ではテーブルに羅臼町の海の幸が並び、北海道出身の私でさえ驚くほどのごちそうでした。さすがに地元の方達はすごいです。

 翌日の午前中は羅臼町の名所巡りになりました。午前中は瀬石温泉、相泊温泉、熊の湯といった有名な温泉を回りました。特に相泊温泉は9月に壊してしまい入れなくなる温泉ですし、瀬石温泉も1日のうち潮が引いた2回しか入れません。瀬石温泉ではトッカリ(ゴマフアザラシ)の子どもがなぜか遊びに来ていて、温泉に入りながらすぐ近くで眺めることができました(ドラマ「北の国から」にも登場する海岸にある露天風呂の温泉です)。ちょうど漁火(いさりび)祭りの時期だったので会場へ行き、海洋深層水の足湯に入り、エゾシカバーガーを食べて、偶然町長さんにお会いすることもできました。

 午後はホエールウオッチングに出かけました。10メートル以上もあるオスのマッコウクジラの息継ぎをすぐ近くで見られるのは、日本でここだけだそうです。数時間で5~6頭のクジラに遭遇できました。灯台のすぐ横には「鯨の見える丘公園」というのも整備されていて、天気さえ良ければ陸上からも鯨の潮吹きやダイビングが見られます。

 さすがに世界遺産の町だけあって、観光資源に恵まれていて、海産資源も今のところ豊富です。羅臼町は人口6000人くらいですが、高齢化率は20%程度と若くて、まだ漁業がいいので立派な家が案外多くて、皆さん大らかな気がします。何よりも問題意識を持つ人材が多くて、地域力を感じることができました。地域の案内は地元を好きな地元の人がすると、その面白味が倍加することを学ぶことができたと思います。北海道には潜在力がありますが、まだまだそれを十分に引き出せていないように思います。

 羅臼町の皆様、お世話になりました。帰りには海産物のお土産で、車がいっぱいになりました。必ずまたお邪魔すると思います。

 そして留守を守っていてくれた永森先生、橋本先生、スタッフの皆さんありがとうございました。地域の仲間が増えて、また明日から頑張れると思います

2010年9月13日

 9月9日に厚生労働省保険局医療課・医政局政策医療課の担当者の方のお招きで、東京の霞が関へ行き、夕張での支える医療の取り組みについて話をして来ました。

 今後の診療報酬の改正などもあることから、「現場での声を聞きたい」という趣旨で、何となく「厚生省へ行く」というと堅いイメージがありますが、ざっくばらんに話をしてディスカッションをするという20~30人くらいの集まりでした。

 ちょうど以前から東京へ行き、どうしても直接お会いしてお礼を言いたい方がいたのでスケジュールを調整して実現しました。

 元々私達の取り組みというのは、地域包括ケア、在宅医療の推進、予防医療、介護予防、キュアからケアへの転換、介護予防、高齢化社会への適応、ケアを中心にした町創りといったものだと思いますが、厚生労働省が唱えている内容に現場で真面目に取り組んでいるだけなので、それほど違和感なく聞いていただけたと思います。

 ただ、現場で取り組む中で全国共通の制度だと、どうしても都市部と地域では規模やインフラ、人材に差があり、歴史も違うので適応が苦しい面があるので、そのことについては何とかしてほしいとお願いしてみました。理想的には制度は甘くして、現場での取り締まりを強化してもらうと良いのですが、どうしても性悪説で制度を作ると複雑化してしまいます。

 厚生労働省といいますと、なぜかあまり良くは言われませんし、悪いイメージがあるのかも知れませんが、私は以前からそうは思っていません。確かに制度がすべていいとは言いませんが、世界一高齢化が進んだ中で従来の発想、やり方では社会保障制度が破綻することは明らかですし、変えていかなければなりません。

 既得権益にしがみつき、従来の発想で先送りをしていると破綻するというのを夕張という現場で見ているので、余計にそう感じているのかもしれません。少なくとも厚生労働省が高齢化に向けて掲げている理念は悪くないと思っています。

 実際に働いている人達とじかに接して話をすると、皆さん真面目ですし、熱意もあります。良く勉強されていますし、決して偉ぶっている変な人達ではありません。医師や看護師さんもいて、一般の方達が考えるイメージとは程遠い感じです。むしろ人間くさくて、現場の声を聞こうとしていますし、何とかしようとしているのが良くわかります。

 しかし悪いイメージを作っている背景に、マスコミの報道があることを強く感じます。批判した方が興味を引き、売れるということで、あらを探して批判ばかりしてきて、それをうのみにしてきた影響が強いのではないでしょうか。

 夕張にいて自分達のことを考えても、マスコミに報道されていることは明らかに事実とはかけ離れていますし、取材もしないで一方的に報道されていることを考えると、単純に信用してはいけないとつくづく思います。そしてその結果として制度や組織が破綻しても、責任は取らず、反省もしないのですから、非常に無責任だと感じています。少なくとも検証をして報道をするマスコミであってほしいのですが、夕張では相変わらず大本営発表ですからあきれてしまいます。

 あの暑い東京で、8時にはエアコンが止まってしまう環境で働いている厚生労働省の皆さんに、もう少し良い環境で国のために働いていただけるように配慮してもよいのではないでしょうか? 暑いのが苦手な私にはそう思えました。

 忙しい中集まって下さり、熱心に質問して下さった皆様に感謝いたします。非常に楽しい時間でしたし、日本の医療や福祉が良い制度になっていくことを祈っています。私達は現場で頑張りますし、その上で必要なら意見も文句も言っていくつもりです。

 講演が終わった後、生まれて初めての日比谷公園を少し案内していただき、昼ご飯を食べてから霞が関から有楽町まで歩き、総武線に乗って亀戸へ行きました。

 開業以来、夕張医療センターを熱心に応援して下さっている亀戸餃子の社長の神長さんにお礼をしに行きました。

 お礼といっても私の本と表彰状を持っていく程度でしたが、亀戸の街を汗だくになって迷い歩き、ご自宅にやっとたどり着きました。お会いして表彰状を読み上げると涙を流していた神長さんに感謝するしかありません。いつも本当にありがとうございます。

 帰ると千歳空港は気温が14度でした。本当に北海道に住んでいてよかったと思います。留守番をお願いした永森先生と森田先生、ありがとうございました。