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 今回のテーマを見て「何のことか?」と思われた方が多いかもしれません。約10年前の1999年9月に旧労働省から「心理的負荷による精神障害等に係わる業務上外認定指針について」が出て、精神障害や自殺を労災補償の対象にしようとの方針が示されました。従来は、自殺は自分を傷つける行為のため、労災補償の対象外でした。方針が出て以降、請求件数は増加し、全国で年間900件以上になりました。自殺や自殺未遂の場合の申請件数に対する認定率は40%を超えています。今回のテーマは労災認定のガイドラインに関するものです。

 さて、精神障害や自殺を労災認定する場合には請求に対して、

1)精神障害の発病の有無、発病時期および疾患名を特定し、
2)業務による心理的負荷、業務以外の心理的負荷、精神障害に過去にかかったことがあるかといった個人の側の要因を精査し、
3)業務と発病した精神障害との関連性を総合的に判断する
とされています。

 業務に関係する場合には「業務上」、関係がなければ「業務外」と判断されるのですが、その判断のガイドラインとなる「業務上外判断指針」が2009年4月に改正されたのです。

 労災請求が出ると、労働基準監督署が調査に当たります。同僚たちに事情を聴取したり、入退館の時刻から電子メールの使用時間までを調べ上げたりして、業務上か、業務外かの判断を下します。罰則付きの法令に基づいて、警察権を持つ監督官が調査しますから、人事担当者や上司には相当な負担が生じます。さらにサービス残業代の不払いにまで問題が発展する場合もあります。

業務が加重であることが判断材料に

 心理的負荷要因の判断については、いわゆる過労死と同様に、業務が過重であることが以前から判断材料とされてきました。現在では残業が1カ月当たり100時間(週40時間労働として)以上か、2カ月から半年の平均で同80時間以上である場合が該当します。その理由は、首都圏のビジネスパーソンは通勤時間が往復3時間を超えるケースが多いことから、上記の残業をすると平日の睡眠時間が5時間未満になり、不調のリスクが高まると考えられているからです。ちなみにこの基準は首都圏以外にも適用します。

 近年の労災認定事例の残業時間の数値を見ると、半数近くの事例では1カ月当たりの残業時間が80時間未満となっています。職場の心理的負荷要因は残業だけではないからです。例えば、第1回で取り上げたパワーハラスメントも心理的負荷要因になります。2009年4月の改正では、次のような場合も認定されることになりました。

  • 自分の関係する仕事で多額の損失を出した
  • 顧客や取引先から無理な注文を受けた
  • 研修・会議などへの参加を強要された
  • 大きな説明会や公式の場での発表を強いられた
  • 上司が不在になることによりその代行を任された
  • 早期退職制度の対象となった
  • 複数人で担当していた業務を1人で担当するようになった
  • 同一事業場内での所属部署が統廃合された
  • 担当ではない業務として非正規社員のマネジメント、教育を行った

 「こんなのうちでもあるよ」と多くのマネジャーは感じるのではないでしょうか。多くの国内企業で、大不況を乗り越えるために職場のスリム化を進めていますから、多くの事項が該当することでしょう。例えば研修・会議への出席、説明会や公式の場での説明を担当できないようでは仕事になりません。

 一方で、労災を請求する側には切実な経済的な理由があります。メンタルヘルスの不調が慢性的になると、退職になる事例が多く、再就職も難しいのが実態です。治療費もかさみます。健康保険の場合、治療費の3割が自己負担となりますが、労災認定を受けられれば自己負担がなくなります。働き手が自殺した遺族の経済的困窮も厳しいに違いありません。インターネットの普及などが進み、認定基準や請求に関する情報を多くの人が知ることができるようになったことも請求の増加に影響していることでしょう。

 マネジャーは部下の体調に留意し、不調の疑いがある部下に対しては早めに医師に相談させるなどの対応をする必要があります。また、日ごろから部下とコミュニケーションを十分に取り、業務による心理的負荷を確認する必要があるのです。生産性の向上を追求しながらの両立は大変かもしれません。しかし、不調者が増加している今だからこそ、上司部下の信頼関係がマネジャーには求められているのです。

亀田 高志(かめだ たかし)氏
産業医大ソリューションズ 代表取締役・医師
亀田高志氏写真 1991年産業医科大学卒業後、NKK(現JFEスチール)、日本アイ・ビー・エムの産業医、IBMアジア・パシフィックの産業保健プログラムマネージャー、産業医科大学産業医実務研修センター講師を経て、2006年10月、産業医科大学による産業医大ソリューションズ設立に伴い現職。職場の健康管理対策を専門とし、専属産業医、医科大学教員、ベンチャー企業経営の経験を生かし企業に対するコンサルティングサービスと研修講師を手がける。メンタルヘルス相談機関であるEAP(従業員支援プログラム)の活用にも詳しい。
産業医大ソリューションズのホームページ:
http://www.uoeh-s.com/