PR

株式会社MORE・CAL代表取締役社長 熊澤壽

 以前のコラム(第7回「『日本のIT(情報技術)投資が米国に10年遅れている』は誇張でないと私が断じる理由」)で、「日本企業は何か問題に直面し、困らない限りIT投資を行わない傾向がある」と、指摘しました。そうしたIT投資をせざるを得なくなる事象の1つに、M&A(合併・買収)があります。
 
 かつて私は事業所の統廃合や買収に起因するシステム導入やシステム改善を実際に何度も手がけました。他社の事業統廃合や子会社設立などにかかわった経験も多くあります。それだけに、この分野におけるシステム導入に関しては、日本企業の特殊性が際立っていると感じています。

 M&Aや事業統廃合の本来の目的は経営効率や業務効率の強化に向け、マネジメントを改革するためです。当然情報システムもそうであるべきです。ところが全く違う方向に向いてしまうことがあるのです。
 
 企業買収を例に挙げましょう。このとき、買収する側の情報システムと、される側の情報システムを、どちらか一方に集約、もしくは全く違う新しいシステムにリプレースする決断を経営陣は下すはずです。
 
 ところが、日本企業の場合、買収された側の要望を丸飲みするケースが少なくありません。当然、システム統合には一切着手できず、両者のシステムをつなぐインターフェースを作ったり、アドオンソフトを開発したりして、両方のシステムを存続させることになります。このような方法を上手なやり方と誤解している向きが多いようです。小額かつ短期間でシステム開発が終了するうえに、既存のシステムを一切改変しないのでリスクも低いように一見、見えてしまうのです。

 しかしこのように複雑な構成のシステムを使い続けていくと、ビジネスやIFRS(国際財務報告基準)といった大きな変化に直面するときには、巨額の開発投資とリスクを覚悟する必要があります。

 実例をご紹介します。ある上場企業が同規模の企業を買収しました。システム統合に当たり、双方共に自社側システムモデルの継承を主張し、収拾がつかなくなってしまいました(特に財務部門と営業部門が強硬でした)。買収側の経営者が役員会で「買収したとはいえ、買収された側の意見をよく聞いて、オペレーションに支障が出ないように十分注意してください。頭ごなしに指導・命令することが無いようにくれぐれも注意すること!」と方針を表明したためでした。

 このために、情報システムに限らずすべての調整局面において、「相手の意見を十分に尊重する」方針が貫かれました。私は情報システムの統合に関しては、この意見には大反対でした。もともとIT投資はTQC(全社的品質管理)のようなボトムアップ方式ではなく、シックスシグマ的なトップダウン方式で全体最適をにらんで取り組むべきものです。しかも買収の目的が経営の効率化なのですから、人事部も総務部も経理部もシステム要員もハードウェアもデータベースもすべてを「2in1(2つあるものを1つにする)」の方向で取り組まない限り、買収目的の達成は不可能だと考えていたからです。

 ところが現場の意見を尊重するというスタンスを表面に出しすぎると、現場からは全体最適化に対する「容認出来ない理由」が湯水のようにわいてきます。全体最適の推進者は通常、現場の日々のオペレーションの詳細までは知りませんから、こうなると全体最適の方針は木っ端みじんになります。1+1が少なくとも2.5以上にならないと合併や買収する意味が無いはずが、こうして全体最適化を断念すると1.5にしかなりません。経営者は現状肯定論をすべからく排除してしまうくらいの考えで統合を計画すべきだったのです。

 それでも私は各部門のトップとビジネスプロセスおよびオペレーションに関して侃々諤々(かんかんがくがく)の論議を重ね、双方のシステムを廃棄して、どちらのシステムにも傾倒しない新たなERP(統合基幹業務)パッケージを導入すること、将来のビジネスリスクや拡張性、グローバル化を見据えたシステム統合を行うことで同意を取りつけました。

 その際、私は各部門の責任者に対して「あなたの事業部の業務が100種類あるとしてERP導入に伴うBPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)によって5業務は以前と比べて、耐え難いくらいの改悪になるかもしれません。しかし、残りの95業務が大幅に改善され、大きく会社の利益に貢献できるのであれば、会社としては無条件で5業務に携わっている人たちに泣いてもらうことを選択します」と、覚悟のほどを伝えました。

 私がそこまでの極論を主張した最大の理由は、買収された側の企業が20年以上の連続赤字だったうえに、合併後の新会社も赤字が予想されたことでした。どんなことがあっても赤字にならない体質と、それが実現できる情報システムを構築しなければならないという使命感を持っていたのです。このような状況で「両社仲良く、手を取り合って、協力して良い会社にしましょう」などという考え方はエセヒューマニズムであると考えていました。

 結局、各現場の責任者の方々は会社の現状と、情報システムの刷新とBPRの必要性を理解してくれました。その結果、15億円のIT投資の見返りとして年間3億5000万円の運用コスト削減を実現できたのです。

 5業務に携わる人たちの少数意見にも耳を傾けることは重要です。しかし、不平や要望、要求を真摯に受け止めて、折衷案を考えることは、企業全体を不幸にします。この企業はその後も買収や事業の統廃合をしましたが、ほとんどシステム上のトラブルは発生せず、追加投資も必要としませんでした。当時の思い切ったシステム刷新は間違いなく将来のリスクとIT投資を抑制できたわけです。

 私は、現場の意見に耳を傾けることを否定しませんし、むしろ非常に重要だと思っています。強調したいのは、おのおのの現場の意見を尊重しすぎて、部分最適を助長しリスクを先送りするわなに絶対に陥ってはいけないということです。部分最適化の集大成は、必ず「全体不最適」につながります。

熊澤 壽(くまざわ ひさし)
独立系IT・ビジネスコンサルティング企業、株式会社MORE・CAL代表取締役社長
熊澤 壽(くまざわ ひさし) 1957年生まれ。CSKを経て、1985年にネミック・ラムダ(現TDK-Lambda)入社。同社にて取締役マーケティング本部長や海外子会社社長、執行役員BPR推進室長、執行役員情報システム本部長、執行役員管理本部長を務めERPの全社導入やJ-SOX法対策を指揮し、インド系IT企業の代表者をした後に独立。2010年4月より現職。株式会社MORE・CALのホームページ。ITproにて『“抵抗勢力”とは、こう戦え!』を連載。