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 平等と自由とは、人間にとってかけがいのない価値である。しかし、過度にそれを求め、実現しようとごり押しすると、逆の結果を生み出すことになる。平等はマルキシズムが重視したが、結果として“ソ連”という社会を作り上げた。自由を重んじたアナキズムは、学生運動などを通じて無秩序な状態をもたらした。1980年代には両者ともに衰退してしまう。

 しかし、環境問題が世界化する中、この両者が新たな装いのもと復活し始めた。特に、アナキズムは、エコロジー創世時代に深い関わりをもった思想であり、一貫して環境危機に関心を抱き続けた思想である。では完全なる自由と、一切の支配を否定する平等の思想であるアナキズムは、どのように環境問題を考え、そして解決しようとしているのだろうか。

 エコロジーに関心を持つアナキズムの著名な理論家がマレイ・ブクチンである。環境思想研究家ロデリック・ナッシュは、ブクチンほど長く熱心に環境問題を研究した人物はいないと述べている。ブクチンは既に1952年に農薬や化学合成食品が食物に与える問題についての論文を発表し、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』に先駆けること約半年前、アメリカでの最初の本『我々の合成的な環境』(ルイス・ハーバーというペンネームで書いている)を出版しているのだ。ドイツ「緑の党」の創設にもブクチンは深く関わっていたから、ブクチンの軌跡はエコロジー一筋とも見える。

 環境問題の原点が何かは、エコロジー思想によって異なっている。ディープエコロジーの理論では、環境問題の起源は人間の存在にあるとされている。その分析の中心は人間中心主義と生命中心主義の衝突である。しかし、ブクチンはこのディープエコロジーの理論に真っ向から反対する。

 ブクチンによれば、ディープエコロジストの言う生命中心主義とは、人間を単なる生物種に還元してしまうものである。ディープエコロジストと科学主義は一見対立しているようだが、自然と人間の間の支配と従属の関係が逆転しているだけなのである。ブクチンにとって、ディープエコロジストは単なる人間嫌いにすぎない。「環境問題の原点は人間にあり」と、あたかも人間の存在を疫病の存在とするような危険な思想がディープエコロジーであるとブクチンは批判する。環境問題を引き起こしたのは、人間という種族ではなく、社会にあるというのが、ブクチンが唱えるソーシャルエコロジーの視点である。もし、人間と社会を自然から分離していると考えたり、あるいは人間を単なる動物学的な実体に還元したりするならば、社会進化が自然進化に由来しているということを理解できなくなってしまうとブクチンは述べる。

 ではブクチンは、なぜ環境問題が起こってきたと考えているのだろうか。社会は自然より現れてきたものであり、自然と不可分に結びついた存在、「第2の自然」ある。その社会に問題があるとき、それは自然にも連動して問題を及ぼす。だから社会に問題があるというわけである。そして、その社会を作り上げた根本には、意識の問題があるとされる。したがって、問題の種は社会と自然との関わり合い以前に社会内部で形成されていた。重要なのは「支配する」という意識である。

 支配の問題は、リベラル派もマルキシズムも取り上げ、人間による自然の支配が、人間による人間の支配をもたらしたとしている。しかしブクチンは支配の発生を逆の関係から眺めている。人間による人間の支配が、人間による自然の支配という思想を生じさせたとしているのだ。人間は自然を支配するために自然にある種のイメージを投影した。ヒエラルキー(位階制)的な自然の姿も、人間社会からの投影によって描かれたものなのだ。社会の投影が自然観であれば、無競争で平等な社会では自然も優しくとらえられることになる。今日、アメリカ大陸の先住民族はエコロジー的な社会を築いていたと言われているが、それは平等社会であった。

 ブクチンによれば、本来の自然は自由な存在でもある。ソーシャルエコロジストは自然を自由倫理の基礎とし、リバータリアン(この場合はアナキズムと同義語である)的地域自治を提案しているのである。あらゆる生命形態は自律し、アイデンティティを維持し、自己を保存し、意志的である。完全性とは、潜在的可能性が開花していき、最終的に成就した姿である。そこでは進化の潜在的可能性と発展への選択肢とがあり、生命は環境との相互依存の中を能動的に進んでいく。選択の自由が生命には与えられているのだ。まさに自由なのである。

 生命の発達は自由である。人間の神経、脳には原始的生命体から人間になるまでに進化を重ねてきたすべての生命の記録が存在しているというが、そうした進化の流れはその時々の生命によって選ばれてきた次なる生命形態へのステップの累積なのだ。発展と進化の選択は、まさに自由の概念であり、自然の持つ多用性と複雑性とは、進化的可能性を高めていくものとみなされる。人間は、この自由な自然の中から生まれてきた存在である。