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 CIAをはじめ米国の国家機関が相次いでウィキリークス対策の活動を本格化。一方で、メディアなどによる反ウィキリークス・キャンペーンも各方面で展開されている。ウィキリークスはいったいどのようにして、米政府などからマークされる危険サイトへと発展していったのか。

菅原 出/国際政治アナリスト


 「ウィキリークスの暴露した機密文書が我々の外国との関係や工作活動に与える影響について至急調査せよ」。

 こう部下に命じたのはレオン・パネッタCIA(米中央情報局)長官である。

 2010年12月22日付の『ワシントン・ポスト』紙は、CIAが、ウィキリークスの公開した米外交公電や米軍の機密ファイルのインパクトを評価する目的で、特別チームを設立したことを明らかにしている。その名も「ウィキリークス・タスク・フォース」。CIA内では頭文字をとって「WTF」と呼ばれている。CIAのカウンター・インテリジェンス(防諜)センターが中心となり、局内の各部署から要員を数十名集めて結成されたという。

 米国防総省や国務省も既にウィキリークスの対策チームを立ち上げて、ウィキリークスが暴露した機密文書が米国の国家安全保障に与えた損害を評価し、ダメージを最小限に抑えるためのダメージ・コントロール対策を実施している。まさに米政府を挙げてウィキリークス対策に追われている。

 一方、この非政府組織の信頼性に打撃を与えることを狙ったと思われる反ウィキリークス・キャンペーンも各方面で展開されている。

 2010年12月中旬に主にアラブ系のメディアで、「ウィキリークスはイスラエルと取引をして、イスラエルに不利となるような文書の公開を差し控えることで合意していた」とする説がまことしやかに流れた。「Syriatruth」というアラブ系のニュースサイトが噂の源のようだが、この記事は「数カ月前にジュリアン・アサンジと仲違してウィキリークスを去った元職員から得た情報だ」として、明らかにかつてアサンジの右腕だったダニエル・シュミットから得た情報であることを示唆していた。

 シュミットはアサンジの独善的な運営手法を批判してウィキリークスを去り、2011年1月に『インサイド・ウィキリークス』というウィキリークスの暴露本を出版し、同時にライバル・サイト「オープン・リークス」を立ち上げることを明らかにしている。

 「Cryptome」という別の内部告発サイトが、この「ウィキリークス・イスラエル取引説」についてシュミットに取材し、そのメールのやり取りを全文公開しているが、シュミットはイスラエルとの取引を全面的に否定し、またSyriatruthのジャーナリストからこの件で取材を受けた事実もないことを明らかにしている。

 シュミットもCryptomeもウィキリークスとはライバル関係にあり、ウィキリークスを擁護する立場にないことから考えると、「ウィキリークス・イスラエル取引説」は、ウィキリークスにダメージを与えるための「ディスインフォメーション(偽情報)」であると考えた方がよさそうだ。

 ウィキリークスの衝撃が世界に波及し、様々な情報暗闘が水面下で行われているのである。このように今でこそ世界の注目を集めるウィキリークスだが、設立当初は他の内部告発サイトと変わらぬ比較的地味な存在だった。それがどのようにして「米政府がマークする危険サイト」へと発展していったのだろうか?