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 日本企業では、若いときはプログラマーとしてシステム開発に携わり、その後SEとしての経験を蓄積した後、PM(プロジェクトマネジャー)へとキャリアアップする人が多い。

 主流のプログラム言語は時代と共に変化するので、JavaやSilverlight、Rubyといった現在主流の言語となると、どうしても現役プログラマーに及ばない、と思っているPMは多いはずだ。

 しかし、最近ではPMの人材不足も手伝って、プログラマーからPMへのキャリアパスがわずか数年という例は珍しくない。そのため、プロジェクトで扱うプログラム言語について、PMがプロジェクト内で最も精通しているという場合がある。PMであると同時に実務面でも第一人者であるというケースだ。

 自分が最も得意とするところを他人が作業している場合、見ていて「ヤキモキ」することも多いだろう。自分はPMであると頭では分かってはいても、どうしても実務レベルで口を出したくなる気持ちは分からないわけではない。しかし、どれだけ実務に優れるPMであっても、担当者に簡単に口を出してはいけない。

PMに成り立てのHさんの失敗

 Hさんは社会人になって以来、独立系システムベンダーでプログラマーとして活躍してきた。プロジェクトでは後進の面倒見が良く、数年前にSEとなり、最近PMになったばかりであった。そんなHさんのPMとしての最初のプロジェクトでの話である。

 元来プログラミングを得意としていたHさんは、部下の書くプログラムに不満を持っていた。Hさん流に言うならば「そのプログラムは美しくない」である。当初は我慢していたものの、とうとうメンバーのプログラム内容に口を出すようになってしまった。

 最初はちょっとした注意だった。それがだんだんと具体的な記述方法の指導になり、やがて自分で実装するまでに至った。こうなると、Hさんは止まらなかった。システムの中で中核となるプログラムについては全て自分で手を入れなければ安心できなくなっていた。

 そんな中、テストフェーズに入り問題が判明した。プログラミングに関する問題ではなく、システム仕様としての問題だった。Hさんがプログラミングに熱心になっていたために仕様のレビューがおろそかになったことが原因である。

 責任を感じたHさんは、修正すべきプログラムを全て自分でチェックして修整した。当初担当だったメンバーにはテストだけを担当させた。

 2週間後、プログラム修正は何とか終わったものの、Hさんは極度の疲労から体調を崩してしまい、とうとう会社を休むことになってしまったのである。後に残されたのは、プログラムソースをほとんどど書いていないメンバーと、Hさんしか分からない「美しい」プログラムコードであった。