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 新しい環境思想が必要ではないかと感じることがある。シー・シェパードのテロリストまがいの行為や、映画「ザ・コーヴ」の悪質な宣伝を耳にするたびに、多様性を価値と認める思想の必要性を痛感するからである。エコロジーの価値は多様性にありと、大方のエコロジストが認めていながら、文化のことになると排他的で画一的な極論がまかり通る。そうした善悪二元論に基づいた、画一的な絶対正義論に対して、生物多様性、遺伝子多様性などとともに、文化の多様性も認める、そんな新しい思想が登場しないかと夢想する。

 そして、もしそんな思想が現れるとすれば、それは「土地の力」が働いてできあがるのではないかと推測している。そうすると、日本の文化風土こそが、文化的多様性を価値として認めた環境思想形成の母胎としてふさわしいようにも思えるのである。なぜなら日本では、文化が幾重にも積み重なり、多層的な形を形成しているからである。日本の文化史や思想史から感じるのは、排他的ではなく、逆にすべてを受け入れて積み重ねていくという姿勢である。もちろん例外はあるが、それでも季節の折々にこのことを強く思い起こすのである。

 例えば、大みそか、正月、節分と季節行事が過ぎると、次はひな祭りが近づいてくるというように季節行事には事欠かないのが日本の良さである。年々記念日が増え、細かに見ていけば今では「何でもない日」がほとんど見あたらないほどである。季節の区切り自体が複数ある。単に春夏秋冬だけでなく、お盆も七夕もひな祭りも、土地によって異なった時期に行われている。8月がお盆であるという「常識」を持っていたため、都内で7月がお盆なのを知らず、「新盆」で不義理をした経験がある。

 正月に至っては、もっと数が多い。旧年と新年の区切りを見ても、太陽暦による現在の大みそかと正月があるが、占いの四柱推命などは立春を新年の始まりとしており、節分が大みそかに当たる。ほかにも旧暦による旧正月もあれば、小正月まである。正月が何度もあるということは、酒を飲まなくても、やはりめでたい。

 そして、現在の正月と旧暦の正月の間に「成人の日」もあるし、私の住む土浦近辺では「鏡開き」にあわせて「どんど焼き」が行われる。そして節分にまた餅をつく神社があり、節分が過ぎてからも「日本伝統行事」化したバレンタインデーなんていう訳の分からないものも仲間入りしている。行事が連続してめでたさの感じ続けである。祝祭日は意味があるものだからハッピーマンデーなどという御都合主義のやり方は改めてほしいのだが、経済原理で自然淘汰された二千円札とは異なり、制度とされたものは動かない。かえって節分やひな祭りのような、祝祭日でない行事の方が、休日にならない分、昔ながらの伝統が守られている。

 その節分だが、今では豆まきにイワシの頭と柊というしきたりに、関西発の恵方巻きを吉の方角で食べるというのが加わったりと、なんともにぎやかな限りである。こうして次々に受け入れて積み重ねていくというやり方は、節分のように行事そのものの内部にも見られるし、製菓メーカーが仕掛けたバレンタインデーのように新規行事の受け入れにも見られる。外来文化が入ってきて上積みされていくのは日本の伝統のように思えるのだ。

 そして、3月に入ってのひな祭りは、その起源が平安時代とも室町時代とも言われるのだが、人形にまつわるものとして、縄文時代以来の「人型」に由来があるという説を耳にしたことがある。土偶が病人・怪我人の身代わりであることと、「流しびな」もまた身代わりであるといった内容だった。記憶も曖昧なので、真偽のほどは明らかではないが、現在の生活習慣で縄文時代に起源を持つものが珍しくないことは知っている。今に残る縄文時代の痕跡は、縄文時代を形成した自然風土と類似した、外国の地域の風俗との共通性から分かるとされているからだ。特に文化圏として見るときに重要なのは、植生のようだ。

 日本を、ユーラシアの植生から位置付けたのは、梅棹忠夫氏の『文明の生態史観』である。日本の植生を概観すると、大きく二つに区分することができるという。一つはカシ・シイ・クスなどの照葉樹林帯で、西日本を中心に広がっており、ブナ・ナラ・クリ・クルミなどを主としたナラ林帯が、東日本を中心に分布している。この日本の植生は、アジアの植生の中で位置付けられるもので、照葉樹林帯は海を越えて中国大陸の長江流域から雲南を経てヒマラヤ中腹へと連なっており、ナラ林帯は朝鮮半島中・北部から中国東北部・沿海州・アムール川流域および黄河流域へと連なっていると考えられる。そして照葉樹林帯、ナラ林帯ともに独自の文化を持っている。日本は植生だけでなく、文化的にもその双方が交差した地点になる。