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 クラウドビジネスは大規模なインフラ型ビジネスのイメージが強いので、大人数の開発体制でシステムを作っているイメージを抱きがちです。しかし、実際には数万のユーザー数を誇るクラウドサービスであっても、「ひとりセル生産方式」と呼ばれるぐらい、チーフプログラマーが事実上は1人でプログラミングしたという事例が多いのです。クラウドシステムは大人数の開発体制よりも少数精鋭の開発体制のほうがよりフィットするビジネスです。理由は大きく三つあります。

 一つはスピードです。週次や月次、時には日次で機能改善をしているクラウド企業は多く、メーカー企業としてソースコードを直接スピーディーに改善できること自体がパッケージ・ソフトウエア・メーカーやSIerとの差別化になるので、圧倒的なスピードが重要なビジネスです。頻繁に起こる機能改善のたびに、いちいち大人数が会議に集まってプログラム変更の影響を擦り合わせする時間の余裕はありません。少数のスーパープログラマーが自分の頭の中で整合性を取って、10分で機能改善が完了する方が業務効率がいいのです。顧客へスピードをアピールする上でも「10分で機能改善ができる」と言えるようになることが重要なのです。

 少数精鋭の開発体制が良い二つ目の理由は、システムダウンのリスクを減らせることです。パブリッククラウドの場合、一つのサーバーを複数のユーザーが同時に使用するので、1社の新規顧客のためにソースコードを改変すると、他の数万社の既存顧客のシステムに悪影響が出る可能性があります。非常にハイリスクで高度な開発運用のスキルと経験が必要なので、大人数の下手なプログラマーにプログラムコードを触らせると、その分だけサーバーがダウンするリスクが大きくなってしまうのです。

 少数精鋭の方が良い三つ目の理由は、ハイレベルなプログラマーは世の中に非常に少ないのが実態だからです。ITリテラシーの低いユーザーにも支持される圧倒的な使いやすさや、大規模な同時アクセス量に耐えられる可用性、ユーザー数が増えてもコストが増えない効率的なアーキテクチャなど、クラウドシステムを開発できるレベルのプログラマーを大人数集めることは難しく、事実上1人のスーパープログラマーに頼らざるを得ないという実情もあります。

 しかし、スーパープログラマーを見つけたとしても、少数精鋭の開発体制で成功するのはそれほど簡単ではありません。最近はRuby on RailsやPHP系のフレームワークの登場で1人でも高い生産性を保てる道具がそろってきたので技術的な課題は比較的小さくなってきましたが、組織や企業文化の課題を解決しておかないと、スーパープログラマーが伸び伸びと実力を発揮できる環境は作れません。

 例えば、日銭を稼ぐ平凡なプログラマー部隊とクラウド本体を開発するスーパープログラマーが感情的に対立する場合もあります。日銭を稼ぐ平凡なプログラマーにとっては、クラウドシステム本体を開発したいからこそ入社したのに、クラウドシステム本体は触らせてくれないで、アルバイトプロジェクトを担当することが多くてストレスがたまっている上、日銭という形で金を稼いでいるのは自分だという自負があります。一方で、スーパープログラマーはエッジの効いた変わり者も多く、本当に創造的な仕事をしているのは自分で、日銭ビジネスは低級で邪道な仕事だと見下してしまう人もいます。双方の感情的な対立が悪影響を生み、会社全体としての生産性が落ちてしまうこともあります。ザブトンモデルである限りはどちらの仕事も重要であることを双方によく理解させることが経営者としては重要です。

 また、クラウド本体の開発をアウトソースしようとする事業計画もあまりよくありません。クラウドビジネスで求められるスピードは、機能の追加・変更が発生するたびにアウトソーサーと見積もりなどの事務手続きをやっている暇はないし、アウトソーサーである限りは、社内の管理業務も含めた深いレベルの業務要件の理解やシステムに対する強いこだわりを求めるのは無理があります。「ひとりセル体制」の重責を担うためには、経営陣の一員、少なくとも、プロパー社員として活躍してもらうことが必須です。

 クラウドビジネスの本質は千人力のスーパープログラマーの天上の戦いです。クラウド時代の前は1000社のシステムを導入するためには1000人のエンジニアが必要でしたが、クラウドの時代は1000社のシステムを導入するためにはたった1人のエンジニアだけで済むようになりました。コスト1000分の1のイノベーション。よくある「コスト削減30%」などの生ぬるい変化ではありません。成功しているクラウド企業には必ず「あのシステムはあの人が作った」と言われる突出したスーパープログラマーがいます。いかに突出した優秀な1人を見つけて活躍できる環境を作れるかという勝負となります。

入野 康隆(いりの やすたか)
リンジーコンサルティング 代表取締役
ASPIC主任研究員
リンジーコンサルティング 代表取締役 入野 康隆 東京大学法学部を休学しUniversity of British Columbia(カナダ)へ転入・卒業。ソフトウェア会社OracleでITコンサルタント、外資系コンサルティング会社Headstrongにて経営コンサルタントを経て、リンジーコンサルティングを設立。IT業界から宇宙ビジネスまで、数社のベンチャー企業、大手企業の取締役・顧問を務める。