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前号のあらすじ レガシー刷新が終わったばかりのシステム企画部に福井社長の息子が部長として赴任してきた。ずぶの素人であるため、レスポンスの低下などオープン化に伴うトラブルの対策は角川課長が一手に引き受けている。ようやく月次決算のシステムが動き始めたときに、福井社長が脳梗塞で倒れた。

 社長の福井が緊急入院してから1週間後、臨時取締役会が開催された。代表取締役を選出するためである。8人の社内取締役と社外取締役2人、さらに監査役2人が出席した。今回は全員出席である。

 「定刻になりましたので、臨時取締役会を開始したいと存じます。まず議長を決めていただきますが…」。事務局の法務室長が口火を切った。

 取締役会の議長は通常、代表取締役が務める。しかし福井が出席できない今、議長をどのように決めるのか。法務室長が続けた。

 「定款の第23条では、『取締役会の議長は、社長がこれにあたる。ただし、社長に支障あるときは、取締役会の決議をもってあらかじめ定めた順序により他の取締役がこれにあたる。』としています。しかし…」とまた法務室長が口を濁す。

 「当社設立以来、取締役会で序列を決めた記録がありません」

 「よろしいでしょうか」と同席していた顧問弁護士が割り込んだ。福井の信頼のあつい弁護士であり、誰もこの発言をとがめる者はいなかった。

 「ここに福井社長、新社長が選出されていない段階ではまだ社長とお呼びしますが、社長から法的に正当な書面をお預かりしております」

 弁護士はカバンから1枚の書類を取り出した。出席者に緊張が走る。

 「読み上げます」

 福井の伝言は次のような内容だった。無念にも病にたおれ、顧客や社員を不安にさせたことは慚愧ざんきにたえない。会社のことは心配だが今は体力の回復に専念したいと思う。後任人事は社長の専権事項である。代表取締役は専務の浦山洋治に任せたい。この人事に不満のある者もいるだろうが、全員で浦山を支えてもらいたい。

 弁護士が浦山の名前を読み上げると声にならないどよめきが満ちた。浦山の上には古参の専務が3人いる。それを飛び越えての大抜てきであった。

 臨時取締役会の議長は浦山になり、浦山が新しい代表取締役になる議案を全会一致で可決した。浦山は会議の最後で抱負を述べるように古参の監査役に促された。

 「今回代表取締役に選任されたことを重く受け止めております。私以外にも適任の方がいらっしゃるはずですが、福井前社長の強い意向であること、さらに会社が決して好調ではないことを勘案して、お受けする決心をしました。当社は部品メーカーとして社会に受け入れられ、今日まで成長を遂げて参りました。ものづくりこそ当社の原点であります。この原点に立ち戻り、業績の回復に努めてまいります」

 会議室に拍手が起きた。とりわけ法務室長は大きな音でいつまでも手をたたいていた。