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 仕事上の会話の中で「言った」「言わない」などと衝突した経験はないだろうか。どちらが事実なのかはあまり問題ではない。むしろ問題なのは、こうした状況に陥ると、感情論に走り、両者の信頼関係がこじれて容易に修復できなくなってしまうことだ。

 これを回避するには、日頃からメモや議事録といった「会話の痕跡(記録)」を残すことが不可欠である。ただし、現場では会話の痕跡を残しにくい場面があるのも事実。これを何とかしなければ、あとで取り返しがつかない事態を招き、やがて「言った」「言わない」という状況に発展しかねない。今回は「会話の痕跡を正しく残せ」というルールについて紹介しよう。

会議のやり取りを削られる

 会話の痕跡を残したくても、それができない―。SEになりたてのころ、こんな場面に出くわした。このプロジェクトは、要件定義に手間取り、進捗がかなり遅れていた。筆者はここで、議事録を取る役割を任されていた。

 「進捗遅れの原因はどこにあるのか」。要件定義の打ち合わせの中で、こんな話が繰り広げられた。ユーザー側とベンダー側のどちらに責任があるかを探っていたのだ。筆者は会議のやり取りをこと細かく記録した。

 ところが、その議事録をユーザー側の担当者に見せると「要件定義と関係がない内容は削除してくれ」と告げられた。真意は不明だが、違和感を覚えつつも、要件定義以外のやり取りについては議事録から削除した。

 事態が急変したのはそれから1カ月後。システムのリリースが予定日に間に合わない状況となり、それがユーザー側の経営層に伝わった。それも筆者らベンダー側が、一方的に作業遅延の原因を作り出したかのように…。

 確かにベンダー側にも問題があった。だが、いくつかの原因はユーザー側にある。それを打ち合わせの中で確認していたはず。経営層の前で筆者らは「ちょっと待ってください。事実はそうではありません」と申し立てたが、担当者は「そんな話は知らない」の一点張り。議事録には会話の痕跡がない。事実をきちんと示せない以上、進捗遅れのペナルティを科せられることになった。ユーザー側とベンダー側の信頼関係は、まさに音を立てて崩れ落ちた。

 このときの悔しさや不信感は、今でも忘れられない。プロジェクトはその後、双方のリーダーが入れ替わって軌道修正した。すべての記録をICレコーダーで取ることもできただろう。本質的には、たとえ相手に嫌がられても、正確なやり取りを遠慮せずに議事録に残すことが大切だった。

記録がないと油断や甘えを生む

 正しい記録を残さないのはトラブルのもとだ。コミュニケーション上の溝ができるだけでなく、油断や甘えを生む原因にもなる。プロジェクトの外では、その危険性がさらに増す。会話の痕跡を残す習慣が乏しいためだ。

 筆者は以前、ユーザーとの信頼関係を傷つけてしまった経験がある。システムの提案活動で、筆者はある機能について実現可能かどうかの裏付けがないまま「できると思いますよ」と安易に答えてしまった。システム全体から見れば小さな機能であり、実装上の制約にはなりにくいと考えていたからだ。

 実現の可否は、提案書で触れていないし、会話のやり取りも記録していない。プロジェクトが始まると、ユーザーは「あの機能は当然できるんですよね?」と切り出した。筆者は改めて実現可能性を確認すると、実は実現できない機能であることが判明した。

 それをユーザーに伝えると「できると言ったじゃないか」と激怒。その機能は、ユーザーにとって外すことができないものだったのだ。記録がないので「言っていない」と白を切ることもできるが、事実ははっきりしている。上司らと平謝りし、代替案を提示して何とかユーザーに納得してもらった。

 言い訳にもなるが、もし提案活動の中で会話のやり取りを残す習慣があったなら、きちんと実現可能性を確認していたかもしれない。記録がないのをいいことに、どこかで油断や甘えがあったことは否めない。逆の立場で言えば、会話の痕跡を残す習慣がないプロジェクトの外でも、メモや議事録を取ることを徹底する必要がある。そうしなければ、「言った」「言わない」という事態に発展する危険性とは常に背中合わせである。

大森 久永(おおもり ひさなが)
1998年に日立製作所入社。以来、銀行システムのSEとして従事。2003年から2年間、旧UFJ銀行に出向。2005年に三菱東京UFJ銀行のDay1統合プロジェクトに参加。インターネットバンキングの構築プロジェクトで、PMとして約600人のメンバーを率いた。