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 ここ数年、中学受験の実情を肌で感じて驚いたことがある。ゆとり教育という言葉の印象とは裏腹に、受験に臨もうとする小学生に求められる知識は筆者の時代よりもはるかに広く深い。確か高校で習った「滑車・輪軸」「フィボナッチ数列」、最近になって初めて聞いた「金星の満ち欠け」などが中学入試で出題されるのだ。感心する一方で、「そんな知識に何の意味があるの?」というのが正直な感想でもある。もっと他に必要な知識があると言いたくなった。

 この出来事を通して改めて考えたのは、実社会に出るまでに身につけるべき「リテラシー」だ。リテラシーとは英語の「literacy」で、直訳すると識字の意味である。読み書きなど社会生活を送る上で必要最低限の教養ということだ。最近は「ITリテラシー」という言葉がよく使われ、これはPCやネットを使う基礎的な能力を指す。これだけ情報化社会が進めば必須の知識といえるだろう。

 実社会に出るまでに身につけたいリテラシーといえば、問題解決の方法、論理思考、会議の進め方、議論の仕方などが上げられる。筆者はそうした一つに、「思考の傾向」についての知識を加えたい。その代表格は「後知恵バイアス」である。これは「実際に物事が起こった後から見ると予見可能であったと思ってしまう心理的傾向」のことである。陥りやすい思考の罠で、仕事をする上で重要にもかかわらず意外に知られていない。

 例えば、プログラムテストで不具合が見つかって、原因を探すもののなかなか見つからず、半日以上もかけてやっと分かったと思ったら些細なミスだった、という経験はないだろうか。このとき「どうしてこの程度のことに気付くのにこんなに時間がかかったんだ」と思いがちだが、そこに後知恵バイアスの罠が潜んでいる。

 予見とは、起こる可能性のある事象の中から実際に起こる事象を見通すことである。確定するまでは他の可能性がたくさんあったはずなのだが、後から見れば確率100%で必然に見える。それがこの罠の本質である。

 先のプログラムテストのようなケースで、「なんて自分は技術者としてレベルが低いんだ」と考えたとしたら、そこには後知恵バイアスがあることを自覚した方がいい。自分に厳しいのもほどほどにしないと、気がめいってしまう。また、上司の立場であればより慎重さが必要だ。「こんなミスは技術者として初歩の初歩だろう。もっと早く気付かなくてどうする」と部下を責めたくなるが、厳しい指導もほどほどにしないとチーム全体のモチベーションが下がってしまう。

 自分はそのようなバイアスはないと思われるかもしれないが、人間なら誰しも持っている傾向であり、錯覚である。「月が天頂付近にあるときより、地平線に近いときのほうが大きく見えるのは錯覚で、本当は同じ大きさだ」と聞いたことはないだろうか。このことは頭で分かっていても、主観的に大きく見えることに変わりはない。錯覚とはそういうものだ。後知恵バイアスは、過失の責任を実際より大きく見せる錯覚なのである。

 後知恵バイアスは生活や仕事のあらゆる場面で顔を出し、時には信頼関係を損なう原因となるので気をつけたい。とはいっても、ミスをした側から後知恵バイアスを持ち出してはいけない。過失を問う側からすれば言い訳にしか聞こえないからである。だからこそ、誰もが知っているリテラシーでなければならないと筆者は思う。

 システム開発のトラブルに直面したとき、後知恵バイアスの存在を自覚し、冷静に原因を評価できる力が必要になる。「どうしてこんなことが分からなかったのか」と思ったときは、口に出す前に、「ちょっと待て。後知恵バイアスかも」とつぶやいてみてほしい。開発現場のストレスを多少なりとも軽減する呪文になればと思っている。

林 浩一(はやし こういち)
ピースミール・テクノロジー株式会社 代表取締役社長。ウルシステムズ ディレクターを兼務。富士ゼロックス、外資系データベースベンダーを経て現職。オブジェクト指向、XMLデータベース、SOA(Service Oriented Architecture)などに知見を持つITアーキテクトとして、企業への革新的IT導入に取り組む。現在、企業や公共機関のシステム発注側支援コンサルティングに注力