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 福島第一原発の事故については議論百出しているようだが、梅雨が明けて猛暑が訪れるとなると反対論もくじけがちになるのではないだろうか。ともかく日本の夏はひどい。かつてアフリカのナイジェリアの友人に「日本の夏はむごすぎる」と言われたときには、アフリカよりもひどいのかと驚いたが、恩師・石弘之先生からも、東南アジアを除けば世界の首都の中で東京の夏は最悪かもしれないと教えられた。そして暑さは年々きつくなっている。今年初のセミの声は7月4日に都内で耳にした。そして梅雨明けが7月10日。小学生の頃は夏休みが始まる7月21日前後が梅雨明けであり、セミの声を聞く瞬間でもあったから、今年は2週間近い前倒しである。

 おまけに、つまらない意地で自分を辛い立場に追いやっているところもある。1993年に環境問題に本格的に取り組みだした時、人から後ろ指を指されるのは嫌だと思い、一種の「物忌み」として自宅の自動車を廃車にするとともに、自室で冷房の使用をやめた。もともと暑さが苦手なくせに、冷房を使わずに頑張るという生活を20年近くも続けているから、夕方になると頭痛に見舞われることが度々である。やはり冷房のスイッチに手が向かいそうになるのは人情だ。エコロジストのやせ我慢であるから、他の人には勧められない。

 節電とか計画停電の話を聞くと、「失われた20年」ではなく、実は失われたのは40年ではなかったのかと思えてならない。石油ショックの時に、太陽・風・雨といった自然エネルギーの小規模利用に向いていけば、世の中もいくらかは変わったものになったに違いないからである。同時に、事件が起きてから規制に入る政治と、事前に問題を起こさないようにしておく政治の差を、民主主義のあり方の違いとして説いたバリー・コモナーのことを思い出す。

 コモナーは、生態学者であるが、米国の大統領選に出馬したり、ポール・エーリックと論争したりと話題に事欠かない人である。エコロジー運動への取り組みは相当に古く、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』が生み出した第一期の環境思想家に当たる。その思想は急進化していった。社会派エコロジストであり、環境思想の研究家ディヴィッド・ペパアーはコモナーを社会主義者とみなしているし、同様なことはマーク・ダウィも述べている。