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 今年3月11日に発生した東日本大震災で、死者1万5524人、行方不明者7130人、計2万2654人(2011年7月2日警察庁発表)の尊い命が失われた。そんな厳しい状況の中で、岩手県釜石市の小中学生は自らの命を守った。津波襲来時に小中学校の管理下にあった児童・生徒は小学生1927人、中学生999人。全員の無事を確認できた。

防災講習会では限界 意識高い人のみが参加

群馬大学大学院教授 広域首都圏防災研究センターセンター長 片田 敏孝 氏
群馬大学大学院
教授
広域首都圏防災研究センター
センター長
片田 敏孝 氏

 この釜石市で群馬大学広域首都圏防災研究センターは8年前に防災講習会を始めた。釜石市が位置する三陸海岸は、以前から津波の被害を受けてきた。1896年に発生した明治三陸大津波に至っては、当時の全人口6529人のうち4041人が死亡した。しかし、時がたつにつれ、悲惨な歴史は忘れ去られ、津波警報が発令されても誰も避難しなくなっていた。そんな意識を変えるのが目的だった。

 防災講演会は、当初、大人を対象に開いた。しばらく続けて気付いたのは講習会に参加する顔ぶれが同じこと。もとから防災意識の高い人だけが参加するのでは講習会の意味がない。そこで、小中学生を中心にした津波防災教育に切り替えた。彼らは10年たてば大人になり、さらに10年たてば親になる。何十年も防災教育を続けていくうちに防災意識が世代を超えて継承され、小中学生を通して教育すればその親にも広がる。

 津波防災教育で小中学生に伝えてきたことは、次のモットーにまとめられる。

 「大いなる自然の営みに畏敬の念を持ち、行政に委ねることなく、自らの命を守ることに主体的たれ」

 具体的な行動原則として教え込んだのは、次の「避難の3原則」である。

●想定にとらわれるな
●最善を尽くせ
●率先避難者たれ

 第1原則「想定にとらわれるな」では、行政が作成したハザードマップを盲信してはならないことを強調した。私はハザードマップの研究を日本で最初に始めた。それだけにハザードマップの限界を理解している。浸水想定区域は過去最大の災害がもう一回起きたらどうなるかというシミュレーションに基づいて設定したもの。たとえ危険区域でなくても、想定以上の災害が起きたときには被災する可能性はある。

 第2原則「最善を尽くせ」では、そのときにできる最善の対応をするように教えた。ハザードマップには限界があるように、自治体が指示した避難所に逃げ込めばそれで十分ではない。可能な限り高いところに逃げるように勧めた。

避難場所も津波で水没 避難の3原則が功を奏す

 第3の原則「率先避難者たれ」では、「自分だけが助かればいいのか」という倫理観を乗り越えることが最大の課題だった。釜石市では高校生より年齢が上の若者は市外に出ることが多く、中学生には高齢者や年下の子どもの世話をするのは自分という使命感が強い。「率先して避難すれば、その姿を見て周囲の人もついてくる。そうすることで、結果として多くの人々を救える。だから、まずは自分の命を守りぬくことが先決だ」と繰り返し、訴えた。

 釜石の小中学生は見事に3原則の通りに行動してくれた。中学生が先頭に立ち、高台を目指し、駆けだした。小学校と保育園の児童・園児を連れて走ると、それを見た周辺住民もその輪に加わった。事前に避難場所として決められていたデイサービス施設「ございしょの里」では安心せず、ひたすら走り続けた。その先にある老人介護福祉施設を越え、さらに高い石材店前の広場まで逃げた。この行動が命を救った。津波はございしょの里を襲った後、老人介護福祉施設のすぐ手前まで到達した。

 釜石市での津波防災教育の最大の狙いは、小中学生が防災に主体的に取り組む点にあった。防災教育にも、いろいろなやり方がある。明治三陸大津波でたくさんの犠牲者が出たという話をしつこいくらい繰り返しても効果はない。小中学生は釜石市を嫌いになるだけだ。外圧で生まれた危機意識は長続きしない。

 また、知識偏重の防災教育の効果のほども疑わしい。主体的な姿勢がないと、知識で終わってしまい、行動に移せない。ハザードマップを見て、浸水想定区域に指定されていない場所に住んでいる人が自分は安全と決め込んでしまうのもこのためだ。

親子で防災マップをつくり家庭や地域にも広めていく

 小中学生が防災に主体的に取り組むようにするために実施したものに「親子で参加する防災マップづくり」がある。これは、親子が実際に通学路を歩いて危険箇所を確認し、防災マップを自分でつくるもの。また、親子を対象にしたアンケートを実施し、子どもの回答を保護者に評価してもらった。こうすることで、保護者の防災意識を高める目的も達成できた。

 小中学生を通して防災意識を高めた対象は保護者だけではない。通学・帰宅途中に地震が発生したときに逃げ込む「こども津波ひなんの家」制度に協力を得るため、小中学生や保護者が通学路にある商店や家に出向くことで、地域住民も防災活動に巻き込まれる形になった。

 また、津波防災講演会を開くなどして学校の教員の意識の向上にも努めた。学校ごとに理解者をつくり、活動に参加してもらった。その1つの成果が「津波防災教育のための手引き」。算数や理科、社会などの授業で津波に関する話題を取り上げられるような内容になっており、そのおかげで津波防災のための特別授業を設ける必要はなかった。

 三陸地方には「津波てんでんこ」という言葉がある。津波が来たら、家族のことを気にすることなく、1人ひとりがてんでんばらばらに逃げろ、という意味だ。一見、非常に薄情だが、津波から子孫を残すための先人の知恵が隠されている。さもないと、家族の絆が被害を大きくし、一家あるいは地域を全滅させてしまう。

 津波てんでんこの本質は、自分の命に対する責任と、家族の信頼にあるように思う。家族全員を信頼し、「家族は必ず逃げている」と確信できなければ、自分1人で逃げることはできない。

 自然の営みに対する畏敬の念を持ちつつ、最善を尽くす──。思いあるところに途はかならずある、と私は確信している。