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 決しておもねることのないエンジニア、渡瀬浩市。彼の秘書である高杉伊都子は、マネジャーとしての道を選択した渡瀬の友人、笹波武史にインタビューした。渡瀬がかわいがっている中学生、金田京太郎と伊都子は、渡瀬の研究所で、渡瀬と笹波からコンピュータ業界の講義を受けていた。京太郎は、世界的企業の社長にまで上り詰めた笹波のサクセスストーリーに興味を持った。京太郎の質問に答える格好で笹波は、彼の妻となる小谷鈴帆との出会いを語り始めた。

 外見はロマンスグレーの洗練された紳士の笹波がどちらかというと007のイメージに近い。しかし、研究所にこもりきりの渡瀬がアストンマーチに乗っていたことは意外だった。

 「007シリーズを観てアストンマーチに乗りたくなったことは事実です。以前は高速を飛ばして、よく一人でドライブしましたが、今はなぜか運転が面倒になりました」

 「僕の家はパパの付き合いのゴルフがない時は、よく家族で清里や箱根へドライブに行きますが、楽しいですよ。渡瀬所長は、奥さんがいないからつまらないんじゃないですか?」

 「京太郎君、あのね」

 私は飲みかけた紅茶を吹き出しそうになった。

 「金田君の言うとおりだな。渡瀬は独身だからな」

 「その話題では笹波にはかなわない。お前はワトソンシステムで大恋愛の末に結ばれたからな」

 「ワトソンシステムで大恋愛!?それはもしかして社内恋愛ということですか?」

 京太郎の好奇心の虫に、またまた火がついてしまった。しかし、私も恋愛に関する話題は大好きである。京太郎、渡瀬、私の熱い視線が笹波に注がれていた。

 「これは本当に参ったな。話が変な方向に行ってしまった。大恋愛というものではないけど、妻とは社内結婚です。確かに、私がワトソンシステム社長に就任するにあたっては、内助の功で支えてくれました。ワトソンの社員として、同士のように心が通っていました。照れ臭いですが、妻との出会いをお話しましょう」

 こうして私達は、笹波とともにタイムトンネルで1988年へ出かけたのである。

 「笹波君、ワイシャツのボタンが取れかかっているわ。付け直してあげるから、ここで脱いで」

 ビジネスコンピュータ部の塚本部長の秘書、小谷鈴帆がハンドバッグの中から小さなソーイングセットを取り出して言った。身長160センチ、腰までのロングヘアが似合う清楚な印象の女性である。

 今朝、ワイシャツを着る時に第3ボタンの糸が緩んでいるような気がしたが、時間がなかったので気にしないで、そのまま着てしまったことを笹波は思い出した。

 「いえ、ボタン付けくらい自分でできますから」

 笹波は後ずさりした。