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NSFが始めたI-Corps(イノベーション部隊)
NSFが始めたI-Corps(イノベーション部隊)
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 今回の投稿では、2011年に全米科学財団(NSF)が設立した「イノベーション部隊」の詳細を解説している。ブランク氏は、長い間研究に従事し、比較的年齢が高い科学者やエンジニアに対して、スタートアップの手法に挑ませるのは大きな賭けだったと語っている。(ITpro)


 米国政府は、この2カ月間に渡り、第2次世界大戦以降最も大胆不敵な実験を、アントレプレナーシップにおいて推進しています。米国の最も優秀な科学者とエンジニアのために、インキュベーター(孵化機関)を設立したのです。今週、その成果をみることができました。

 21チームに所属する総勢63人の科学者とエンジニアは、8週間に合計2000回顧客を訪問し、研究所のアイデアを強力なスタートアップ企業へと変貌させました。21チーム中19チームは、その技術を商品化する方向です。それは驚異的な努力の賜物と言えるでしょう。


国はあなたが必要だ


 全米科学財団(NSF)は、医学分野以外のすべての科学とエンジニア分野を支援している団体で、予算規模は68億ドル(約5440億円)にも上ります。そのNSFのエロール・アーキリック氏が私に電話をかけてきたのは、2011年7月のことでした。「私たちは、あなたのリーン・ローンチパッドのクラスのブログを読んでいます」という内容でした。それはいい。私は、単なるファンからの電話だと思いました。しかし、実際にはそれだけではなく、電話の会話はもっと面白くなったのです。

――我が国はあなたを必要としている
「何だって?」
――NSFの設立趣意書には、“資金援助した科学とエンジニアリングの最も優れた研究を商業化すること”とあります。あなたのリーン・ローンチパッドのクラスによって、科学的手法が市場で機会を得て認められることに賭けたいのです。現在我々が行っているやり方よりも、あなたのクラスの方が、科学者が企業を始めるのに適した方法だと思います
「うわー、どういうことになるんだろう?」
――私たちは最も優れた研究者たちを選び、それぞれ5万ドルを補助してあなたのクラスを受けさせ、その結果、彼らのキャリア(職歴)と研究の成果を変えることができるか、試してみたいのです

 「それは素晴らしい、それでは来年にNFS向けのクラスを設けられるかもしれません」と私は答えましたが、直ちに返って来たのは「我々は、そのクラスを90日後に始めたいのです」という言葉でした。その時私は「何ということだろう。電話の相手は、まさにアントレプレナーのように、不可能なことを望んでいる」と考えたのを覚えています。私が、それが可能かどうか考えている間に彼は付け加えました。「さらに、四半期ごとに新たな25チームをクラスに加えたいのです」

 もちろん、私は承諾しました。その時点でNSFは認めていませんでしたが、米国の大学の研究所で行われている最も将来性が高い研究プロジェクトをスタートアップ企業に転化させるため、彼らはインキュベーターの役割を担うイノベーション部隊(Innovation Corps)を創立したのです。


イノベーション部隊――リーン・ローンチパッドを、
科学者とエンジニアのインキュベーターとして使う

・イノベーション部隊のスタートアップ・チーム
 NSFが選んだ彼らは、「ソーシャル・ショッピングのWebサイトを構築したい22歳」ではありません。彼らは、主任研究員(大学教授だった研究科学者)、アントレプレナー役のリーダー(主任研究員の研究所に従事している大学院生)、その地域で事業運営あるいはその分野に経験があるメンターで構成されています。

・インノベーション部隊のインキュベーター・プログラム
 他のインキュベーターと違って、私たちのリーン・ローンチパッド・クラスでは特別のカリキュラムを用意しました。ビジネスモデル、顧客開発、アジャイル開発解決スタックを教えたのです。この方法論は、製品を開発しながら研究所の外に出ることであり、 短時間での仮説の検証と顧客開発を促します。私たちのプログラムにおけるメンターの役目は、この方法論を支援することであり、自身の経験談を語ることではありません。

 これまで純粋な科学的研究に取り組み、スタートアップ企業にもシリコンバレーにも全く関係のなかった大学教授を、研究所の外に連れ出して顧客と対話をさせ、Web関連のスタートアップ企業の人たちのように簡単にピボットできるようにすることは、賭けとでも言えることでした。チームに参加した科学者、NFS、この方法論を教育するチームは、いずれもいまだかつて誰も行ったことがない境地に達することを目指しました。シリコンバレーは、MBA(経営学修士)保持者ではなく科学者とエンジニアによって興されたので、私はこの賭けは絶対にやるべきだと思いました。

・カリキュラム
 研究者チームは、全米の大学に在籍しており、彼らをシリコンバレーに8週間も呼び寄せることは不可能だったので、遠隔教育を行いました。

 最初に、21チームをスタンフォード大学に3日間呼び、1日10時間のクラスでビジネスモデルと顧客開発を教えました。各チームは自分の大学に帰ると、 製品を開発しながら研究所を出て顧客を訪問しました。各チームは、週に1度、WebEx(ビデオ会議システム)経由で、教育チームと他のチームに顧客開発の進捗を説明しました。その後は私たちの出番で、全チームにリモートで講義を行いました。7週間後、彼らはシリコンバレーに戻り、最終のプレゼンテーションをしました。

 クラスで使われた各資料は、以下のサイトでご覧いただけます。
クラスの「要約のスライド」、教科書「The Four Steps to the Epiphany」、教科書「Business Model Generation」です。

・教育チームの選出
 私たちは2人のベテランVCを招聘し、10週間、教育チームのメンバーとして参加してもらいました。その2人とは、モアー・ダヴィドーのジョン・フェイバー氏とトゥルー・ベンチャーのジョン・バーク氏です。そして、ブランク氏が採用しているビジネスモデル表図の提唱者であるアレキザンダー・オスターワイルダー氏は初日に参加、ピクサーの元最高技術責任者には最終日に参加してもらいました。

・第1回目のクラス
 スタンフォード大学で第1回目のクラスの出席者が席についた時、私は彼らをスタートアップの人たちのように行動させられるか心配しました。ほとんどの主任研究員は大学の教授でした。多くの主任研究員は自身の研究所を持っており、多くの研究員を管理していました。彼らの平均年齢は40代半ばでした。そして、彼らのメンターは少なくとも同年代でした。アントレプレナー役のリーダー(主任研究員のアシスタント)だけが20代後半でした。

 彼らを見ながら私は、純粋な科学とエンジニアリング・プロジェクトが、短時間でピボットできるのか、主任研究員がそのプロジェクトを大学院生に「あてがう」のではないか、と心配しました。というのは、20代のインターネット関連のスタートアップ企業を手がけている人たちだけがアジャイル(俊敏)なのではないかという、 一般常識で考えたからです。ほとんどのインキュベーターは、イノベーション部隊のグループを、アントレプレナーとしては歳をとりすぎていると見なしたことでしょう。しかし、彼らのほとんど(全員ではありませんが)よりも自分がもっと歳を取っていると気付き、思わず微笑んでしまいました。

・スタンフォード大学の講義
 私たちの最初の講義は、以下の2点についてでした。第1が、スタートアップ企業を構築するのにはどうすれば良いのか組織的に考える方法。すなわちビジネスモデルの図式化。第2が、仮説の検証をどうすれば良いのか。すなわち、顧客開発のプロセスです。

 講義の最初の部分は、アレキザンダー・オスターワイルダー氏によるビジネスモデルの図式化でした。オスターワイルダー氏はスイスから飛んできて、スライドの20から76ページを教えました。それ以外のスライドは顧客開発に関するものなので、私が教えました。

 次の24時間における、21チームのやるべき宿題は何だったのでしょうか。それは、彼らが創業しようとしているスタートアップ企業のビジネスモデルの作成でした。加えて、彼らのビジネスモデルの仮説をどのように検証するか説明することでした。

 初日が終わった時点で、私は彼らのビジネスモデルの図式化がどのようになるか気がかりでした。どうぞ後編をご期待下さい。

2011年12月20日投稿、翻訳:山本雄洋、木村寛子)

スティーブ・ブランク

スティーブ・ブランク
 シリコンバレーで8社のハイテク関連のスタートアップ企業に従事し、現在はカリフォルニア大学バークレー校やスタンフォード大学などの大学および大学院でアントレプレナーシップを教える。ここ数年は、顧客開発モデルに基づいたブログをほぼ毎週1回のペースで更新、多くの起業家やベンチャーキャピタリストの拠り所になっている。
 著書に、スタートアップ企業を構築するための「The Four Steps to the Epiphany」(邦題「アントレプレナーの教科書新規事業を成功させる4つのステップ」、2009年5月、翔泳社発行)がある。