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村上氏写真

村上 智彦(むらかみ・ともひこ)

 1961年、北海道歌登村(現・枝幸町)生まれ。金沢医科大学卒業後、自治医大に入局。2000年、旧・瀬棚町(北海道)の町立診療所の所長に就任。夕張市立総合病院の閉鎖に伴い、07年4月、医療法人財団「夕張希望の杜」を設立し理事長に就任同時に、財団が運営する夕張医療センターのセンター長に就任。近著書に『村上スキーム』。
 このコラムは、無料メールマガジン「夕張市立総合病院を引き継いだ『夕張希望の杜』の毎日」の連載コラム「村上智彦が書く、今日の夕張希望の杜」を1カ月分まとめて転載したものです(それぞれの日付はメールマガジンの配信日です)。運営コストを除いた広告掲載料が「夕張希望の杜」に寄付されます。

2011年12月5日(北海道道産子パンチ イン 夕張)

 本日12月3日は夕張医療センターで「北海道 道産子パンチ イン 夕張」がありました(写真)。講演その他の様子はUstreamで全世界に同時配信されていました。夕張市民の方も含めて約70人の皆さんが全道から駆けつけて下さいました。すでに前回のメルマガでもお知らせしましたが、内容はこんな感じでした。

■北海道道産子パンチ
2011年12月3日 15:00 - 18:00
北海道の夢つかみとれ! 旧産炭地から発信する、新たな領域への挑戦!
(1)ウエルカム講演 夕張希望の杜 理事長 村上智彦氏
(2)設立記念講演 地域活性化伝道師 木村俊昭氏
<記念パネルディスカッション>
 ~地球のひと・まち・ゆめの環境問題~(北極・南極対談)~
 ●阿部幹雄氏
  (写真家ビデオジャーナリスト 第49、50、51次南極観測隊隊員)
 ●荻田泰永氏
  (北極冒険家・来年3月! 日本人初北極点単独歩行挑戦者)

 スタッフや参加者の皆さんはほとんど手弁当です。本当に皆さん熱心に準備に参加・協力して下さり感謝です(写真)。

 地域活性化伝道師の木村俊昭さんの話は、町創りを目的にした私達には本当に勉強になります。視野を広く持ち客観的に地域の資源を評価することや、隠れた地域の資源を掘り出していくこと、人のつながりを大切にしていく手法など、さすがといった感じがします。

 南極・北極対談というのは、めったに見られないものだと思います。南極へ3回行っているビデオジャーナリストの阿部幹雄さんと北極冒険家の荻田泰永さんの話や映像は、さすがに迫力がありました(写真)。

 阿部さんは南極の石や隕石を実際に持って来て下さいましたし、「極食」というフリーズドライ食品の展示や紹介をしていただきました(写真)。荻田さんは北極の写真展を夕張医療センターで開催して下さっていて、多くの夕張市民や患者さん達の目を楽しませてくださいました。

 この2人の話を聞いていると、極地という極限の地域から日本や北海道を語っていて、生きることや死ぬということを改めて考えさせられました。実際にお二人に会ってみますと、決してスーパーマンや特殊な人ではなく、普通の人だということを感じます。

 参加して下さっていた皆さんは本当に多種多様で、年代も職業もバラバラです。国会議員さんや地方議員さん、市役所の職員、ジャーナリスト、教育関係者、アナウンサー、会社の社長さん、医師、医学部の学生さん、福祉関係者、一般市民など、話をしていると町創りに必要な人達の集まりです(写真)。また新たなつながりが出来て、有意義な時間になりました。

 宴会では夕張の地元の店を使って、料理その他を調達して下さっていました(写真)。このような会を夕張で開催して下さったことに感謝いたします。あいにく天候は大荒れで、湿った重い雪がかなり降り続けて、帰りは雪かきから始まりましたが、いつもより雪が軽く感じられました。

 来週は武雄市と大村市で講演があり、久し振りに父親の生まれ故郷でもある九州へ行ってきます。また新たな出会いとつながりに期待して、準備を進めたいと思います。

2011年12月12日(72式除雪戦闘車)

 『72式除雪戦闘車』。こんな名前の自衛隊の車両は存在していません。 私が夕張へ来て6年目になりましたが、毎年冬になると雪かきが大変なので、ついにエンジン付きの除雪車を購入して、5軒の住宅でシェアしていくことにしました。

 夕張は標高が300メートルくらいある関係で、氷点下10度の冷え込みでも1日で40~50cmの積雪があったりします。普通、氷点下10度を超えるような天候では、放射冷却が起こっていますので、雪が降ることが少ないのですが、ここでは関係ありません。

 私の住む鹿ノ谷の職員住宅は士幌加別川に囲まれて、1本道路で結ばれた6軒の集落になっていて、なぜか全ての住宅の屋根が道路に向けて傾斜しています。屋根にたまった雪が一気に落ちると、小さな雪崩状態で(実際に北海道では屋根からの落雪で死亡事故も起こります)、大量の固く重い雪が道路を塞ぎ車が住宅から出られなくなることもあるので、真夜中に起きて除雪することが何度もありました。

 ここの住宅には医師や看護師が住んでいますので、雪で出動できなくなると本当に困ります。もちろん市の除雪は入りますが、さすがに救急医療が大切だと口だけで人に責任を押し付ける夕張市だけあって、ここの除雪の優先順位は低く、自分達で業者を雇っています。それでも夜中には来てくれませんので、自分達でやってきました。

 さすがに毎年腰を痛めていたので、思い切って夕張一メカに強いバイク屋さんである加賀谷商店にお願いしたところ、中古でレストアした9馬力の除雪機があり、購入することにしました。

 除雪機というのは、前かららせん状のプロペラを回転させて雪を取りこんで、煙突のような吹き出し口の向きや角度を変えて遠くに飛ばす能力がある、履帯(無限軌道)付きのラッセル車のような機械で、ガソリンエンジンを積んでいます。操作はレバーがたくさんあって、ハンドルにはクラッチが2個あり、案外複雑で難しいですが、雪を20メートルくらい飛ばす能力があり、方向や高さを調節しながら走らせる様はまさに戦車です。

 そんなわけで、第7師団72戦車大隊に守られている夕張市にちなんで、「72式除雪戦闘車」と勝手に命名しました。

 除雪機は案外高い買い物です。新車で購入したら4~6馬力程度のものでも20万~40万円程度で、9~12馬力くらいあると50万円を超えるものもあります(50ccのバイクで4~7馬力くらいです)。しかし、高齢化が進んだ北海道の地域では重労働である除雪のことを考えて、お子さん達が離れて住む親のために共同で除雪機を買ってあげるといったケースも多いと聞きます。核家族化率が日本一の北海道らしい話です。

 今年はタイの洪水の影響で、エンジンの生産が低下して、除雪機も品薄状態になっていると聞きます。グローバル化するとこんなところにまで影響が出るのですね。

 先日は大雪が降り、早速出撃しました。永森家の長女さんも協力してくれて助手(砲手)として活躍してくれました。さすがに機械の威力はすごいもので、手でやれば1時間以上かかる作業が半分以下になります。

 ただ、雪を飛ばす関係で粉雪が飛び散るので、頭からつま先まで雪で真っ白になりますし、マスクやゴーグルをしないと顔に霜焼けが出来ます。また、除雪で出来たり屋根の上から落ちた固くて重い雪や氷は飛ばすことができませんので、スコップで砕いたりして使いますし、狭い所や地面がデコボコだと使えません。

 今までは除雪で中が汗で濡れていましたが、除雪機を使うと外からビショビショになる感じです。ただ、深い雪を遠くに飛ばして、きれいになっていく様はとても気分が良く、操作が複雑なことも実は楽しくて仕方ありません。是非一度、除雪機体験しに夕張へお越しください。72式除雪戦闘車の試乗が可能です。