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 日本は、中国、インド、東南アジア諸国、あるいはモンゴルやスリランカなどとともに、その文化的伝統からエコロジーの時代をリードしていくことが可能だと思うが、そのためには日本として、エコロジーの必要性や有用性を説明するための支柱が必要になる。そこにおいても思想というものは、重要な役割を演じることになる。

 日本がエコロジーの必要性や有用性を外側に訴えていくならば、単なる技術論だけでなく、一貫した体系化した理論の存在が大きく物を言うからである。そうした理論とは、現代環境思想となってくるが、欧米発の既存環境思想よりも、やはり日本から発信する以上は、日本の独自性から出発した思想の方が無理がないだろう。外来思想を日本の諸特徴に会わせて修正し、それをさらに相手に渡して加工してもらうよりも、日本の文化から生み出された独自思想を受け取った相手に加工してもらう方が、加工の手間が一回だけとなって効率がいいからである。

 日本の文化的伝統から現代的環境思想を形成していこうとする時、他文化や外来技術を、吸収・同化・融合するという日本の文化的特性を根幹にもった形で、環境思想を形成することは試みる価値があるだろう。思想そのものが、外来の要素を吸収・同化・融合することを可能とするという特徴は、多様性を内在させるために外せないように思えるからである。

 しかし、そうした特徴を持った環境思想を一から作るよりも、思想の枠組みを、既に存在していた、いくつかの具体的思想をモデルにして作成することは、さらに効率良いように思うし、他の現代環境思想の形成の仕方と比較しても、やり方として間違えていないだろう。もちろん、全く新規に思想を作るということをしても良いのだが、もともと日本に存在していた思想は、吸収・同化・融合という日本の文化的伝統と一体化しているからである。言ってみれば、最初からエコロジー性を帯びている思想だから、現代版へのモデルチェンジで済むのである。

 こうした日本の過去の思想の、現代版へのモデルチェンジは、文化とエコロジー両面から見て、欧米などの環境思想よりも、より少ない加工で、より根本的な現代環境思想となり得る。こうした視点で過去の諸思想を検証していく時、日本化された仏教と、アニミズム的な神道は外せない。では、やはり外来文化として日本に流入し、変化していった儒教はどうであろうか。

 現代環境思想家において、儒教の扱いは、道教などに比べては総じて低いようである。一つには、言語の壁があるために知られていないという側面もあるだろう。これは空海などが、ほとんど欧米のエコロジストに取り上げられないことからも推測できる。

 しかし、儒教そのものが、自然環境というものを大きく扱っていないという点もあるだろう。『論語』には、いわゆる自然について触れられている箇所はない。従って、孔子は自然に無関心であったということになる。孔子が関心を持っていたのは人間社会である。だから儒教は人間中心主義であって、環境思想にはなり得ないという結論も出てくるだろう。

 確かに、道教が自然秩序をまず眺め、人間個々を、その自然秩序の大きな枠組みの中でのみ考えたのに対し、始原的儒教は、人間社会のことしか取り扱っていないイメージがある。孔子の言葉に、自然保護の側面を見いだそうとするのは困難である。社会と人間を対象にした孔子の思想では、自然そのものに触れることさえない。その意味で、孔子そのものを環境思想の先駆とするのには、マルクスを現代環境思想の元祖とみなすことと同様に無理がある。

 しかし、今日登場している環境思想の各種のひな型には、元来その思想が持っていた自然への関心という観点からではなく、思考の枠組みを拡大して環境思想に発達させたというものもある。その時代背景からも、本来は時代特性から見ても、反エコロジー的要素が大きかったマルクスでさえも、彼の思想が今日まで続いたらという仮定のもと、現代環境思想のモデルとなっているのである。

 従って、孔子の儒教も、例えば自然との共生文化を持った日本に入れば、そこでの融合から現代環境思想のひな型を形成することになる。その思想が元来持っていた要素に加えて、時代の推移による変容、地域的特性による土地との融合に伴う変化が現れてくるからである。江戸時代に登場した熊沢蕃山などは、その典型ということになるのだろう。蕃山の思想こそは現代環境思想の最適モデルである。では、孔子の思想が発展していった時、蕃山の思想が生まれたと見るならば、そうした変化が生まれる要素は儒教のどこにあったのだろうか。