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Facebookの新規株式公開(IPO)が注目を集めていますが、ブランク氏はベンチャーキャピタル(VC)の投資がソーシャルメディア一辺倒になることを懸念しています。それ以外の科学技術分野への投資がなくなってしまうからです。それでも、同氏はシリコンバレーの歴史を振り返り、ソーシャルメディアの次の波の到来を期待しています。(ITpro)

 「私たちはこれからの10年間に、月に行くこと、さらに、それ以外のことも成し遂げることを決めました。それは実現しやすいからではなく、むしろ難しいからです。そして、その目標が、我が国最高の活力と技能を体系化し、評価するものだからです。私たちはその挑戦を喜んで受けとめ、その挑戦を引き伸ばすことを望まず、勝利を収める覚悟なのです」――1962年9月、ジョン・F・ケネディー(訳者注:ケネディー大統領が1962年9月12日にライス大学で、1960年代中に「月に行く」と決意表明した講演での発言。ビデオ映像はこちらで見ることができます)

これぞイノベーション!

 私はこの1年の間、スタンフォード大学の工学部、カリフォルニア州立大学バークレイ校、コロンビア大学の合計50チームの生徒たちに、アントレプレナーシップを教えています。今年は、米国科学財団(NSF)のイノベーション部隊(I-Corps)の仕事として、発明した技術を商業化したいと考えている大学教授が率いる150チームにも教える予定です。顔ぶれ豊かな私たちの教授チームには、数十年もの経験があるベンチャーキャピタリスト(VC)も含まれています。

 ここから生まれようとしているスタートアップ企業の多くは、材料科学やセンサー、ロボット技術、医療機器、ライフ・サイエンスなどに関するものです。以前、このような案件や分野に興味を持って投資をしていたVCが現在興味を持っているのは、スマートフォンやタブレットで使えるアプリだけです。これはとても皮肉めいたことです。しかし、だれもVCを責めることはできません。

Facebookとソーシャルメディア

 Facebookは、商業史ではいまだかつて想像もできなかったスケールで、市場の力を機敏にとらえて利益を得ました。歴史上初めて、スタートアップ企業が有効市場の総ユーザー(スマートフォン、タブレット、パソコンなど)を10億単位で考えることができ、数億人単位の顧客を獲得目標にすることが可能になりました。

 次に、友だちに会ったり、楽しんだり、話し合ったり、デートをしたり、賭けごとをしたりなど、以前は実際に対面で行われていた社会的ニーズが、現在ではコンピューター上に移行しつつあります。

 加えて、これらのユーザーは、端末やアプリを、四六時中使い続けているかもしれません。このような、数十億人のユーザーと、24時間365日使われるアプリの相乗効果は、いまだかつて予想されていませんでした。このようなユーザー、あるいはユーザーにリーチしたい広告会社から得られるかもしれない収入と利益、そして成功する会社の成長の速度は、息を飲むほどです。

 Facebookの新規株式公開(IPO)は、投資家の“新しい方程式”をこれまで以上に強固なものにしました。過去には、優秀なVCであれば、5~7年で1億ドルを投資回収できました。今日であれば、ソーシャルメディア分野のスタートアップ企業は、3年以内で数億ドルや数十億ドルの投資回収をすることが可能です。ソフトウエアが、まさに世界を食い尽くしているのです。

 非常に有効ではあるものの15年間は無収入(訳者注:15年は、新薬の開発、治験、認可にかかる期間)というがん治療薬と、2~3年で大きな投資回収が期待できるソーシャルメディア・アプリのいずれかを選択できるとしたら、投資家はどちらを選ぶと思いますか。もしあなたがVC企業であれば、あなたはライフ・サイエンスへの投資部門を廃止するでしょう。

 中国企業が米国市場で格安のソーラー・セルをダンピングした結果、米国のスタートアップ企業が廃業するのを目の当たりにした投資家は、ソーラー企業に投資し続けると思いますか?クリーンテック関連のVCが痛いほど学んだように、クリーンテックの実験工場を生産工場に拡大するには、VCの能力を超えた膨大な資金と時間を必要とします。新しい自動車会社ではどうでしょう。少なくとも10年、そして10億ドルが必要です。iOSやAndroidのアプリに比べると、それ以外の投資案件は困難で、投資の回収には永遠とも思えるほどの時間がかかります。

 ですから、投資家はソーシャルメディアに投資しています。市場の規模とアプリケーションの性格のおかげで、投資回収は短時間で済み、そして回収額も莫大になるのです。

 初期ステージと後期ステージのソーシャルメディアに投資の焦点を当てている新しいVCが、これまでのVC業界の通念を一変しました。私自身も、これらのいくつかのVC企業に投資しています。しかし、莫大な金額を儲けることは、イノベーションや米国にとって、必ずしも良いことではないかもしれません。

 アントレプレナーが集まっているシリコンバレー(もしくは、ニューヨーク、ボストン、オースチン、北京)は、単に頭の良い人たちと優秀な学校が、興味深いプロジェクトに携わっているだけではありません。もしそれだけだったら、私たちは今でも両親のガレージか研究所で、仕事をしていることでしょう。これらイノベーションの中心地には、興味深いプロジェクトをしている頭の良い人たちに、資金を提供する投資家が必要なのです。そして、投資家は自分たちの資金を、一番お金儲けのできる案件に投資します。その結果、シリコンバレーの投資家がソーシャルメディア分野への投資を集中していることは、VCの資金が科学技術の素晴らしいアイデアを支援してきた時代の終焉が始まっていることを示唆しています。

心配しないで下さい。私たちはいつでも立ち直る

 シリコンバレーの良識では、シリコンバレーはイノベーションの大波が訪れた後、自身を再革新して立ち直ります。

シリコンバレーのイノベーションの波
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 大波の始まりと終わりが明らかだ、といえるほど簡単ではありません。しかしこの図のそれぞれの大波は新しい投資命題であり、新しいレベルの投資家とスタートアップ企業が付随することを示しています。

 現実には、VCがドットコム・バブルから再起するのに10年かかりました。バブルから再起した後は、ソーシャルメディアに焦点を合わせたスーパーエンジェルや、新しいレベルの後期投資家が取って代わって主役になり、投資対象の勝ち組も変わりました。今回はソーシャルメディアの「金の壷」(訳者注:欧米では虹の両脚の下には「金の壷」があると伝えられている)が、今後の物語を永久に変えるかもしれません。

次は、何でしょう

 ソーシャルメディア以外で、過去2~3年間に出現した破壊的なスタートアップ企業であるTesla Motors、SpaceX、Google driverless cars、Google Glassesは、Elon Musk氏とGooleの支援を受けているSebastian Thrun氏の2人によるものだと気付き、目から鱗が落ちました(訳者注:5月25日の午前9時56分、Elon Musk氏のSpace Xが打ち上げたスペースシャトル・ロケットは、宇宙ステーションとのドッキングに成功、宇宙ステーションに必要な資材を送り込みました。民間企業による宇宙事業の始まりです。参考資料)。振り返れば、スマートフォンとその他の画期的な革新的製品は、一人の先駆者と卓越した企業によって創られました。

 ソーシャルメディアの大波が過ぎ去た後には、新しいイノベーションの大波が続くと、私たちは望むことができます。あるVCが、ソーシャルメディアの群れには入らずに意地を貫くと、私たちは希望することもできます。そして、ソーシャルメディアでお金を儲けた複数のアントレプレナーたちが、自分たちの夢に投資をすることを期待しましょう。もしそうでなければ、我が国の長期的な国益は最上のものにはなりません。

 数十年にわたる、シリコンバレーのVCの不文律のマニフェストは、以下のようなものです。「私たちがあるアイデアを選んで投資するのは、それは実現しやすいからではなく、むしろ難しいからです。そして、その目標が、我が国最高の活力と技能を体系化し、評価するものだからです。私たちはその挑戦を喜んで受けとめ、その挑戦を引き伸ばすことを望まず、勝利を収める覚悟なのです」

 彼らはきっとまた、同じように実行するでしょう。

2012年5月21日オリジナル版投稿、翻訳:山本雄洋、木村寛子)

スティーブ・ブランク
スティーブ・ブランク  シリコンバレーで8社のハイテク関連のスタートアップ企業に従事し、現在はカリフォルニア大学バークレー校やスタンフォード大学などの大学および大学院でアントレプレナーシップを教える。ここ数年は、顧客開発モデルに基づいたブログをほぼ毎週1回のペースで更新、多くの起業家やベンチャーキャピタリストの拠り所になっている。
 著書に、スタートアップ企業を構築するための「The Four Steps to the Epiphany」(邦題「アントレプレナーの教科書新規事業を成功させる4つのステップ」、2009年5月、翔泳社発行)がある。