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 先日、上海に所用で行った際、多くの日本の経営者に会った。

「あなたも40歳ですか?」
「私も40歳です」
「僕は39歳です」

 中国で独立して働く日本人には、妙に38歳から41歳の人たちが多い。今40歳と言えば1971年生まれ。この年代の日本の人たちは、大学入試ではセンター試験が始まり、大学卒業時の22歳当時は1993年、バブル崩壊後のまさに就職氷河期だった。

 第二次ベビーブームも重なり多くの若者が国内で就職できず、海外を含めて多様な働き方を始めた人たちだ。だからか、中国で独立して働く人たちも40歳前後の人が多い。10年以上も中国で独立して働いている人がざらにいる。女性で独立して働いている人も珍しくない。

 日本の70后(中国語で1970年代生まれのこと)。まさに、日本をはみ出て海外に脱出した「和僑」なのだ。ちなみに筆者は、44歳であるが、私の就職時期はバブル期で、確かに私の周りに海外で独立して働いている人はあまり見かけない。たった4、5歳の差であるがバブル前とバブル後でこんなにも働き方に違いがあるのかと感じることがある。

 先日、上海で打ち合わせをした日本の吾人も40歳。で、面白いことを言い始める。

「中国の方が日本よりよっぽど仕事がしやすいですよ」

 なんと、我々日本勢が中国市場で悪戦苦闘しながら中国人と接してビジネスをしようとしている中で、70后の日本人達は、中国でのビジネスの方が日本でのビジネスより容易と言い放つのだ。

「中国では、下手なシガラミがありません。しかも中国人はフラットで、人を肩書で判断したりしないんです」

 会社を意識する我々日本人は、つい相手の名刺、すなわち社名や肩書を意識してしまう。有名な会社か、部長か課長か…

「先日も日本では、あり得ない商談を獲得しました。中国大手メーカーの主力製品の広告制作を全て任されたんです」

 そう語るのは、上海に来て独立した70后の若手経営者。5人で独立した、まだほんの小さな会社の経営者(老板)だ。

「日本なら、大手代理店がフロントに立ちはだかって、とても大手企業の広告なんて受注できません。でも、中国では違います。会社が有名であるとか、相手に肩書があるとか、関係ないんです」

 要は、相手の懐に入るかどうかが重要だということだ。会社対会社ではなく、人と人がビジネスをしているということだろう。

「実は、ビジネス上、フラットな関係は、中国に展開する日本企業にも当てはまるんです。ですから、日本では絶対に会ってくれないような人も中国では会ってくれて、仕事が決まるんです」

 肩書や権威を重んじる日本企業や日本人も中国現地では、現地のスタイルで仕事を進めているようだ。そして現地では老弱男女を問わず、様々な会合で日本人同士が接触をしている。最初、日本から中国に赴任してきたばかりで会社でふんぞり返っている日本人も中にはいるようだが、中国ビジネスのありように段々飲み込まれて慣れてくる。

 広州で働く70后の女性いわく、「日本に帰国して働こうと何度も考えました。でも日本に帰って働くのがイメージできなくて…」。彼女は、中国で大手メーカーの工場を立ち上げた吾人だ。見た目は、日本でどこにでも居そうお姉さんといった雰囲気である。

 日本では、「グローバル人材不足」だとか、「グローバルで働くために英語を公用語にする」とか、やたらグローバル企業を目指して社員教育を実施したり、社員のモチベーションを高めようとしたりする企業が多いようだ。けれども、熱心にそのような取り組みをしている大企業に限って、実は人を会社名や肩書で判断し、相手が中小企業だと何だか上から目線になってしまう人がたくさんいたりする。まずそこから考えなければ社員教育も何もなかろうにと、個人的には思うのである。

本稿は、中国ビジネス専門メルマガ『ChiBiz Inside』(隔週刊)で配信したものです。ChiBiz Insideのお申し込み(無料)はこちらから。
山田 太郎(やまだ・たろう)
株式会社ユアロップ 代表取締役社長
1967年生まれ。慶応義塾大学 経済学部経済学科卒。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)などを経て、2000年にネクステック株式会社(2005年に東証マザース上場)設立、200以上の企業の業務改革やIT導入プロジェクトを指揮する。2011年株式会社ユアロップの代表取締役に就任、日本の技術系企業の海外進出を支援するサービスを展開。日中間を往復する傍ら清華大学や北京航空航天大学、東京大学、早稲田大学で教鞭をとる。本記事を連載している、中国のビジネスの今を伝えるメールマガジン『ChiBiz Inside』(発行:日経BPコンサルティング)では編集長を務める。