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ビジネスブレイン太田昭和
会計システム研究所 所長
中澤 進

 2013年3月26日、日本におけるIFRS(国際会計基準)導入方針を議論する金融庁企業会計審議会が半年ぶりに開催された。政権交代後の初の会合でもあり、筆者も期待を持って傍聴をしたが、結果、止まった時計の針を確認したに過ぎなかった。

 ある委員から「ロードマップを示すべき、企業は生殺しの状況にある(議事録の表現はもっとマイルドだが)」との意見もあったが、金融庁事務局からは「もし強制適用になった場合には、そこからその先、どういう工程でやっていくのかというロードマップを作るということに多分なると思いますので、その点についてはご懸念は要らないのかなと考えております」などと、紋切り型で、ピント外れに感じられる回答でもあった。

 また、日本経済団体連合会(経団連)から、IFRS任意適用を公表している日本企業は16社だが、報道などで検討中とされた企業を含めると現時点で約60社あるとの説明があった(関連記事:「中間的論点整理を順番に検討」、金融庁審議会がIFRS適用方針を議論)。しかし、経団連がリーダーシップを持ってIFRS採用に取り組むという風情でもなく、日本では相変わらずIFRSに関する議論が盛り上がっているとは言いがたい状況にある。

 一方、本連載で何回も触れているように、米国はIFRS導入の議論で、会計基準の主権にこだわり続けている(関連記事:IFRS導入の可否を決めなかった米国(上)同(下))。この差はどこから生じるのであろうか。日本企業あるいは日本の社会システムはそもそも、会計情報をどのように位置つけているのだろうか。

 米国と日本を比べると、米国では会計情報というものが企業活動あるいは社会システムに深く浸透しているように感じられる。IFRS導入方針についてどうこう言う前に、まずはこの事実を直視し、その原因を理解する必要があるのではないだろうか。

 そこで今回と次回では、筆者なりに考えた会計情報の役割・位置付けについて見ていきたい。