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 前回は、本物の行政改革には、政治の力と経営のセンスが必要ということを力説した。だが、現実にはこの2つを欠いた行政改革が横行し、マスコミもその欺瞞(ぎまん)を見抜けず、主催者側である行政機関の自画自賛をそのまま報道しがちである。

 一方、政治と経営の論理だけによる行政改革も絵に描いた餅に終わる。事業仕分けがその典型だ。鳴り物入りで始め、民間の仕分け人を動員したが結局、実効性という意味では掛け声倒れになった案件が多い。行政改革は、政治、経営、行政の3つのノウハウを同時に駆使しなければ成就しない

「行政改革=汽水域」説

 筆者はこれまで大阪府・市、新潟市、横浜市、福岡市などで様々な改革に取り組んできた。大阪では2005年から07年にかけて市役所の主要67事業を分析評価し、今は地下鉄、バスなどの民営化、美術館改革、大学や病院の統合などに取り組んでいる。横浜市では動物園改革、福岡市では庁内規制の見直しと職員の自主改善運動、新潟市では行財政改革や区役所の機能評価、都市ビジョン策定、美術館改革などに関わってきた。

 関与する立場は、知事や市長から政治任命された顧問等である。その意味では政治から近い距離にあるが、使う改革手法は民間企業の改革で培った手法である。一方、実際の改革の担い手は公務員集団である。私も元公務員であり彼らがよって立つ制度や風土などの制約も理解できる。だからそこにも配慮をする。

 こうした経験を通して得たのが「行政改革=汽水域」説である。汽水域の生態系はデリケートだ。塩水(海)と淡水(川)と土(陸)の成分が混じり合う。行政改革における塩水は経済・経営の論理だ。ここでは市場競争や生産性で勝敗が決まる。厳しくも分かりやすい世界だ。淡水とは行政の論理である。透明性や公平性、つまり水のように清らかであることを至上価値とし色が付くことを極端に嫌う。そして土とは政治の論理である。限られた大地を巡って仁義なき戦いが繰り広げられ、既得権益の温床にもなる。行政改革はこの3つの論理がぶつかり合う場所である。だから“汽水域”なのだ。

 自然界の汽水域では、いろいろな生物が共存する。陸の生き物も入ってくるし、淡水魚も海水魚もいる。あるいは進化や変異も起きる。もとは淡水にいたのに今は海水にすむ生物、陸に上がった魚、川に移った海水魚など、なんでもありだ。ちなみに私も汽水域に暮らす生き物のようなもので、元々国家公務員(淡水魚)だったが外資系コンサルタント会社に転じて海水魚となり、今は両生類のように陸と川と海を行ったり来たりしている。

3つの論理のぶつかり合い

 かつて事業仕分けが一世を風靡したが、あれは陸と海の両方から川を攻め立てた儀式だった。政権交代の力で陸を動かして川の流れを止め、よどんだ川(沼?)の水を塩水で浄化する努力だった。大阪維新で今起きている改革も、府市統合本部という人工島(陸)を置き、海水(外部の有識者)を川に取り込み水を浄化し、流れを変える試みといえなくもない。

 前回述べた通り、成功する行政改革の出発点は必ず政治のリーダーシップである。だが政治だけで行政を変えるのは難しい。どうしても納税者や受益者の視点からの価値判断と情報公開が必要になる。その力を具体的に与えるのが経済・経営の論理、つまり市場競争と生産性の論理である。

 だが最後は改革の持続可能性を保証するための手続き、つまり政治や経済の横暴、恣意性を排除する手続き(法改正、制度設計など)が必要となる。これを完遂しなければ、いかなるプランも単なる提案に終わる。そこには行政の根気強い作業が求められ、政治と経済・経営の論理だけでは進まない。

 かくして行政改革には3者の相互理解が必要となる。そのうえでお互いの立場を尊重し、無理のないプロセスを設計する必要がある。その意味でチームワークが重要になる。また海と川と陸を行き来するキャリアパスを歩む人材が多数出てくることが望まれる。

上山 信一(うえやま・しんいち)
慶應義塾大学総合政策学部教授
上山信一
慶應義塾大学総合政策学部教授。運輸省、マッキンゼー(共同経営者)等を経て現職。大阪府・市特別顧問、新潟市都市政策研究所長も務める。専門は経営改革、地域経営。2012年9月に『公共経営の再構築 ~大阪から日本を変える』を発刊。ほかに『自治体改革の突破口』、『行政の経営分析―大阪市の挑戦』、『行政の解体と再生』、『大阪維新―橋下改革が日本を変える』など編著書多数。