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 この前、あるIT企業の経営者に「なぜIaaS事業に取り組むのですか」と聞いたら、一瞬キョトンとした顔をされた。「それりゃ、だって顧客のニーズがそちらに移ってきているからですよ」。私はその言葉を聞いて、「ダメだ。こりゃ」と思った。その企業にとってクラウドサービスは新規事業である。顧客のニーズを理由に成功の見込みが全く無い事業に手を出す感覚が、私には理解できなかった。

 本来、新たなビジネスを立ち上げるのは非常に困難なことだ。顧客のニーズがどこまであるのか分からないし、利益を上げ事業規模をスケールできるビジネスモデルもなかなか確立できない。まさに「千三つ」、千の試みのうち三つぐらいしか成功しない厳しい世界だ。それゆえ、iPhoneを生み出したアップルやスティーブ・ジョブズのように、成功者は巨額の利益とともにイノベーターとしての賞賛を手にすることができる。

 もちろん、誰かが始めたビジネスは追随することができる。日本のIT企業の新規事業は、ほとんどがこのパターンだ。特にシステム開発や保守・運用がらみのITサービスの世界では、新ビジネスと言ってもビジネスモデルにそれほど大きな変更はなかった。しかも、技術者の頭数などで事業規模が決まってくるものが多いから、先行企業が市場の全てを取るようなことは起こり得なかったのだ。

 だから、どんな新ビジネスでも日本のIT企業の多くがそこそこ食えた。例えば、「米国でフルアウトソーシングが流行っている」と聞けば、それを真似ればよい。もっとはっきり言えば、IBMが日本でフルアウトソーシング事業を展開するのを待って、自らも事業を始めればよかった。IBMが顧客のニーズを開拓してくれるし、その市場をIBMは総取りできないから、「IBMが先生」などと悠長なことを言っていられた。

 ところがクラウドサービス、特にIaaSというインフラレベルのパブリッククラウドは、これまでとは全く違う。先行したアマゾンは規模の経済性にモノを言わせ、次々と新サービスを極限的な低料金でリリースしている。そこに、マイクロソフトやIBMといった巨大企業が追随している。まさにインフラ系のパブリッククラウドは、総取りを目指した資本力の戦いである。

 日本のIT企業はシステム運用のアウトソーシング事業の延長線上で、「顧客のニーズがあるから」という信じられない理由で参入するのだろうけど、資本力で劣る企業には全く勝ち目の無い戦いとなる。もちろん、アマゾンなど米国企業のサービスを避けたい顧客もいるだろうから、それなりの顧客を獲得できるかもしれない。ただ、利益を出せる企業があったとしても、ほんの一握りの大手に限られるだろう。

 だから、資本力の無い日本のIT企業がクラウドがらみの新規事業で成功したいなら、アプリケーション領域、つまりSaaSで勝負するしかない。しかしご存知の通り、アプリケーションソフトを定額で使わせるといった単純なビジネスモデルでは全く儲からない。むしろSaaSは手段・ツールとして、ITの枠組みにとらわれない全く新しいビジネスを創るぐらいのつもりで取り組まないと、成功は望めないだろう。

 まさに「千三つ」の世界に挑むわけだ。成功確率が低いわけだから、様々なビジネスの可能性を素早く試す必要があるし、当初は多額のコストをかけるわけにもいかない。そうなると「自前のクラウド基盤を新たに構築して」といった話にならないはずで、大手のIaaSなどを活用するのが極めて自然な話になる。

 さて、そんな新規事業を日本のIT企業は立ち上げられるだろうか。「なぜクラウドに取り組むのか」と聞かれて、「顧客のニーズだから」としか答えられないのなら、やめておいたほうがよい。儲からないのなら、顧客のニーズに付き合う義理はない。それに従来の人月ビジネスを続けても、あと3年ぐらいは食っていけるだろうから。