IT業界に身を置く記者なら一度や二度は、ソフトバンクに振り回される。私自身もそうだった。1990年代の終わり、ネットバブルが最高潮に達する前夜の当時、ソフトバンクは連日のようにEC(電子商取引)の新会社設立や新サービス開始を知らせる記者会見を開き、私も会場に幾度も足を運んだ。その場で私たち記者を待ち構えていたのはもちろん、ソフトバンクの孫正義社長である。
本書は長年通信業界を取材してきた専門記者の目線を通して、ソフトバンクと孫社長の真の姿を描いたものだ。数々のユニークなエピソードはソフトバンクと孫社長の「失敗」の歴史であり、しかしその失敗さえも「繰り返せばノウハウになる」と言わんばかりに、大成功につなげてしまう同社と孫社長の現在進行形の“歴史書”でもある。
私自身はECの取材を長く続けてきただけに、「インターネットカンパニー」としてのソフトバンクの記述に興味が引かれた。ソフトバンクにはグループに1300社以上の企業があり、常に「1000社以上で(成功の)網を張っている」。傘下のガンホー・オンライン・エンターテインメントの成功も偶然ではなく、「1000社もあれば一発当たるのも必然」であり、逆に言えば、「1000社なければ当てようがない」という。この発想が面白い。新しい技術が大好きな孫社長の投資術だ。
孫社長の考えが色濃く反映されたソフトバンクの財務戦略はユニーク。財テクで資金運用収益を上げることは重視せず、事業機会を生かすことを優先して新規事業や企業投資に資金を回す。こうした独特の経営理念を知ることが、ソフトバンクを理解する最初の一歩になる。
そしてもう1つのキーワードがスピード。何事も即断即決で「後で考えようとは思わない。直ちに決定して、今すぐやれ」が合言葉だ。
ところがそんなイケイケなソフトバンクとは相反するように聞こえるが、ソフトバンクは「慎重派」でもあると、著者は見る。数字がすべてで、数字の裏付けがないと動かない。
逆に言えば、数字による明確な根拠さえあれば、億単位の投資も「すぐにやれ」なのである。