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ゼロからイチを生み出す人を、いかに後押しするか

 日本の若者は、大学を出ると多くが一流企業への就職を望む。若いときに挑戦する雰囲気が少なくなっている。背景には、メディアや政治家が発信する中小企業のイメージの悪さがある。

 本来、中小企業、いやスモールビジネスの挑戦は尊ばれるべき取り組みだろう。かつては、日本にも起業を尊ぶ雰囲気があった。だが、最近の日本のテレビなどでは、中小企業が苦労している話や、暗い雰囲気の話題をクローズアップすることが多い。起業家の良くないイメージばかりが流れれば、若い人は勘違いしてしまう。スモールビジネスに挑戦してみようなどとは、思わなくなるのではないか。

 バイオ技術分野で言えば、これまでに起業した人々で成功者はほとんどいない。私が日本で創業したアールテック・ウエノがほぼ唯一の成功例という印象だろう。この会社を立ち上げたときには、ゼロからイチをつくることに挑む気持ちを持った人が集まった。特に多かったのは、高学歴の女性だ。

 最初の薬である点眼薬の開発に携わった研究者の平均年齢は20代だった。医薬品の製品化には時間が掛かるので、最終的には30代になっていたかもしれないが、若者の挑戦が日本で新薬の認可を得る成功にたどり着いた。日本にも挑戦したいという意識を持った人は、たくさんいるのである。

 米国で個人的に財団を立ち上げて、挑戦している研究者や芸術家を支援する取り組みを手掛けている。その活動の中では、やはり自分の可能性を信じて挑戦している人々がいる。自分がやりたいことを追い求めるために大きな組織を辞して、日本から米国にやってくる人もいる。そうした人々は、現地の空気にさらされて「アメリカンドリーム」を追求する方向に気持ちが強まっていく。

 日本は、「ゼロからイチ」を生み出すことが好きな人を後押しする仕組みがうまく回っていない。一流大学を出た優秀な人材は、大企業の中で型にはめられてしまう。大企業に入ってしまうと、ゼロからイチをつくる取り組みにはなかなか携われない。それでは、本気で新しいものを見つけようと挑戦している人の競争相手にはならないはずだ。

 発明家は、他人とは違うことをやってひと儲けしようと考える人種である。それを実現するには、ハイリスク・ハイリターンの博打的な要素が必要だ。発明にはある程度の偶然の要素が避けられない。

 しかし、大企業は「100万円投資したら120万円取り返す」という発想で商品やサービスを開発する。その感覚ではリスクは取れない。投資を捨てる結果になることもあるという決意を持ってやらなければ、100万円を投じた挑戦は失敗してゼロになってしまう。リスクを視野に入れなければ、大きなイノベーションは実現できないのだ。

 世界的に見て、日本の技術者や研究者のレベルは高いポジションにある。いつの間にかまとってしまった「常識」という鎧を一人でも多く脱ぎ捨てることが、日本発のイノベーションを生み出すきっかけになるはずだ。

タイトル
うえの・りゅうじ●医薬発明家、米スキャンポ・ファーマシューティカルズ共同創業者兼名誉会長、VLPセラピューティクス会長兼CMO(最高医学責任者)。1953年大阪生まれ。慶應義塾大学医学部卒。医師、医学博士、薬学博士。米国消化器学会名誉会員。1989年に日本で創薬ベンチャーのアールテック・ウエノを創業。1996年に拠点を米国に移し、スキャンポ社を共同創業。2012年に米国でVLPセラピューティクスを共同創業し、現在に至る。これまでに緑内障治療の点眼薬「レスキュラ」と、慢性便秘症治療薬「アミティーザ」を開発・発売し、現在も新薬の開発を続けている。著書に『世界で3000億円を売り上げた日本人発明家のイノベーション戦略』(朝日新聞出版、2013年3月)。
この記事は『リアル開発会議 2014 Spring』の特集:「異聞・新事業、七つの流儀」を基に再構成しました。