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 第3回でも述べたように、このような「標準化」は、最低品質を低コストで保証する役割を果たす一方で、従業員の個性をなくし、創造性を着実に奪っていきます。はじめはよかれと思って実施する品質への対策が老化を促進するという皮肉な結果を生み出すのです。

 加えて、このような「会社としての許容最低品質レベル」というのは、一度上がったら二度と下がることのない「不可逆性」があるのも、不可逆過程としての会社の老化を進めていきます。

 会社の立ち上げ時は「とにかく仕事を取る」ことが優先ですから、顧客の無理難題にもまず「できます」と言ってから、走りながら何とかするという綱渡りのオペレーションをせざるを得ません。

 一方、それなりに成熟した会社になってくれば、受注をする前に微に入り細に入ったリスク評価などをして、「石橋をたたき、また別の角度からたたき・・・」といった万全を期した品質管理をすることになります。

 「綱渡り」もそれはそれで問題ではありますが、「万全を期した品質管理」もある意味「過剰品質による非効率化」という側面がばかにならなくなってきます。問題はこれが不可逆的に起こって、一度上がった品質レベルは、同じ組織の看板で仕事をする限り簡単に落とすことはできないということです。

「過剰品質」で人材が劣化?

 この構図は、人材の劣化にも関係してきます。

 「若いうちは冒険ばかりで、徹夜続き。よくあのレベルでお客様に納めていたよなあ・・・」というベテラン社員の言葉は、話している当人からすれば、「いまの若手は恵まれている」との文脈で語られることが多いかも知れません。