Justin R. Rattner氏
米Intel Corp.,
Intel Senior Fellow, Director, Corporate Technology Group Chief Technology Officer
  Justin R. Rattner氏


将来のコンピューティング環境を示した「Platform 2015」を2005年春から提唱しています。こうした目標を定めた背景には何がありますか。

 1つのマイクロプロセサを設計するには4年もの歳月がかかります。将来のマイクロプロセサに採用する新技術は,既にある程度確立したものでなければなりません。このためには,新技術の研究開発をさらにその4年以上前から始める必要があります。こうした開発サイクルに身を置いている研究者には10年単位で物事を考える姿勢が必要なのです。つまり,今から2015年のコンピューティング環境を目標に据えることになります。

 10年単位での将来の見通しを支えているのが,ムーアの法則です。10年後の半導体製造技術をある程度正しく見通せるからです。ムーアの法則によれば,今後3世代~4世代,つまり10年間はこれまでの微細化のペースを守れるでしょう。我々が現在研究開発で力を入れている,high-k材料やトライゲート・トランジスタといった技術がこうした進化を支えるはずです。

米Intel Corp.は1990年代初頭に2000年のマイクロプロセサを占った「Micro 2000」と呼ぶ構想を唱えていました。Platform 2015とMicro 2000の本質的な違いは何でしょう。

 Micro 2000は,当時としては野心的な構想でした。マルチコア構成への移行を想定していたのですから。結果的に,我々自身はマルチコア構成のマイクロプロセサを投入するまでに時間がかかりましたが,Micro 2000を宣言してから数年後には米IBM Corp.が製品化に踏み切りました。

 Micro 2000とPlatform 2015の本質的な違いは,Micro 2000が純粋にマイクロプロセサの将来を描いた青写真だったのに対し,Platform 2015ではマイクロプロセサだけはでなく,アプリケーションやユーザー・インタフェースといった,演算性能の活用方法までも示した点にあります。

Platform 2015では,具体的にどういったアプリケーションを想定していますか。

 我々は今後5年~10年の間に,コンピュータと人間のかかわり方が大きく変化すると考えています。こういうと,音声認識や画像認識といったものを想像する人が多いかもしれませんが,我々が描いている近未来のコンピュータは,そうした既成概念よりも賢いものです。例えば,コンピュータが自分自身の動作を監視し,ソフトウエアだけではなくハードウエアの不具合を検出するようになるかもしれません。

 現在開発中の「Super Resolution」と呼ぶ技術も,将来のコンピュータのアプリケーションとして象徴的です。動画を構成する複数のフレームを解析して画素を補間し,解像度を引き上げる技術です。こうした処理には,非常に高い演算性能が必要になります。例えば携帯電話機のカメラで撮影した画像をSDTV品質にする処理には,現在最も高速な「Pentium 4」を使っても,実時間とはケタ違いの時間がかかります。ところが,マイクロプロセサの演算性能が10倍~100倍といった具合に飛躍的に向上すれば,こうした変換を民生機器でもリアルタイムに実行できるようになるでしょう。

 表計算やワープロといった既存のアプリケーションには,マイクロプロセサに飛躍的な演算性能の向上を迫るような,劇的な変化は望めません。人によっては,パソコンのマイクロプロセサにこれ以上高い演算性能は要らないと言いますが,こうした意見には同意しません。だから,10倍~100倍の演算性能を必要とするアプリケーションを提案していかなければならないのです。

マイクロプロセサに高い演算性能を必要とするアプリケーションを増やすために,どういた戦略を採っていますか。

 まずアプリケーションが登場し,それに見合う演算性能を備えたマイクロプロセサが後からやって来るのか,それとも高い演算性能のマイクロプロセサの実用が先か。まさにそれはニワトリと卵の問題です。歴史を振り返れば,マイクロプロセサのベンダーが先行してきました。つまり,まず高性能のマイクロプロセサが実用になってから,それを有効に活用するソフトウエアが登場する,という順番です。

 新しいソフトウエアの開発には10年以上かかることもあります。我々は,これまでもさまざまな手段で,こうした時間的なギャップを短くする努力をしてきました。でもそれが一筋縄ではいかないことも分かっています。もしあなたがソフトウエア技術者だったら,現在のマイクロプロセサの演算性能ではとても足りないようなソフトウエアを開発するでしょうか。つまり,ソフトウエア・ベンダーにマイクロプロセサの技術進化を牽引するようなソフトウエアを開発してもらうことはとても,とても難しいのです。

10倍~100倍の演算性能を実現するためにカギとなる技術は何ですか。

 マルチコア構成です。1つのマイクロプロセサに集積するCPUコアの増加は,段階的に進めていくことになります。CPUコアの数は,現在の2個から 2010年までに8個にまで増えるでしょう。2015年までには数十個から,ひょっとしたら数百個のCPUコアを1つのマイクロプロセサに集積することになると考えています。

 これに並行して,マルチコア構成のマイクロプロセサで複数のスレッドを実行するような環境に向けたソフトウエアも開発しなければなりません。プログラミング言語,デバッガ,アナライザ,ソフトウエア・ライブラリなどを見直して,ソフトウエア技術者のプログラミング作業を助ける手段が必要になります。ソフトウエア開発環境の構築には,長期的な視野が欠かせません。

マルチコア構成への移行は,マイクロプロセサのアーキテクチャにどのような影響を与えていますか。

jastin氏
Justin R. Rattner 米 Xerox Corp.と米Hewelett-Packard Co.を経て,1973年に米Intel Corp.に入社。高性能コンピュータやクラスタ通信のアーキテクチャ開発などに携わる。1988年に同社で4番目のFellowに選出される。米 DOE(エネルギー省)のスーパー・コンピュータ「ASCI Red System」の開発などを手掛け,2002年からSenior Fellow。

 現在開発中のマイクロアーキテクチャは,同じCPUコアをさまざまな用途で使うことを前提としています。高い経済効果を期待できるからです。

 かつては,ノート機向けのマイクロプロセサはデスクトップ機向けの派生品でした。つまり,デスクトップ機向けのマイクロプロセサの設計ルールを微細化して消費電力とチップ面積を減らせばノート機向けになったわけです。

 しかし,2001年くらいにこうした手法が通用しなくなることが分かりました。デスクトップ機向けマイクロプロセサの消費電力を抑えることが難しくなったためです。このため我々はノート機向けに「Pentium M」の投入を決断しました。

 Pentium Mが市場で成功したのを見て,我々は,こうした設計思想に基づくマイクロアーキテクチャこそが,将来のマイクロプロセサにふさわしいのではないかと考えるようになったのです。これが,2006年後半に投入予定のノート機とデスクトップ機,サーバ機に共通の「Meron」コアの開発に着手するキッカケとなりました。Meronはマルチコア構成を前提にしています。さらに「uncore」と呼ぶアーキテクチャに対応します。uncoreとは,2次キャッシュやバス・インタフェースといったCPUコア以外の回路を指します。Meronは,ノート機用のuncoreやデスクトップ機用のuncore,サーバ機用の uncoreと組み合わせることを想定して設計しています。電源電圧や最大動作周波数だけはでなく,キャッシュ容量やバス・インタフェースといった要素を用途ごとに変えられるわけです。

2015年に86系マイクロプロセサによってどの程度の演算性能を達成できると考えていますか。

 数TFLOPSのレンジでしょう。例えば安価な品種では,1秒間に2兆回~3兆回,上位の品種では10兆回~12兆回といった演算が可能になるかも知れません。今後数年以内に,1チップで1秒間に1兆回の演算が可能なマイクロプロセサの試作チップを実演できるはずです。製品化は2010年くらいをターゲットに置いています。

 その一方で,動作周波数については劇的な向上は望めません。動作周波数レースはもう終わっているのです。恐らく2010年に5GHzになる程度でしょう。演算性能は,主にマルチコア構成による並列処理性能の引き上げによって向上するようになります。


インタビューを終えて
 将来を見越して,長期的な観点からテーマを選ぶ。これがエレクトロニクス・メーカーにおける従来の研究開発でしたが,ここ2~3年,テーマが非常に短期 的になっています。「MOT(management of technology)」や「死の谷」という言葉に代表されるように技術経営の議論が活発になり,多くの研究所長が実用化を意識するようになったからです。このことは研究開発資金の有効活用という意味で素晴らしいことです。しかも,長期テーマは疎かにはせず,大学や各種研究機関と連携して取り組んでいます。「だから企業の研究開発力は低下しない」。こう,自分を納得させていました。しかし,前号で掲載した米Microsoft Corp.の研究トップ,Rick Rashid氏,そして今回,米Intel Corp.のJustin Rattner氏にインタビューしながら,「やはり違うぞ」と感じています。研究の体制や資金の問題ではなく,自らの長期ビジョンを持てるかどうか。これこそが研究開発力の源泉であることを改めて認識しました。

(聞き手:編集長 望月 洋介 写真:栗原克己)