日常生活を題材にして「情報の非対称性」「完全競争市場」といった経済理論を分かりやすく解説するビジネス書『まっとうな経済学』(ランダムハウス講談社)が人気を呼んでいる。コーヒー店の立地や交通渋滞、スーパーマーケットでの割引販売など日常生活上の様々な現象を取り上げ、その裏にある経済学的なからくりを解き明かしている。 同書の著者で、英フィナンシャル・タイムズのコラムニストであるティム・ハーフォード氏に話を聞いた。 |
(聞き手は,清嶋 直樹=日経情報ストラテジー) |
どうしてこのような本を書こうと考えたのか。
![]() 『まっとうな経済学』の著者であるティム・ハーフォード氏[画像のクリックで拡大表示] |
ハーフォード氏:「経済学」といえば、グローバル化や人口問題といった大きな視点に目が行ってしまいがちだ。しかし私は、経済とは、買い物に行ったり、車に乗ったりという人々の日々の意思決定の積み重ねであると考えている。日常生活に視点を置けば、難解な経済学も分かりやすくなると考えた。
2007年中の刊行を目指して、続編の執筆を進めている(日本語訳は2008年の予定)。今度は、ギャンブルや犯罪といった活動の背景に焦点を当てる予定だ。
IT(情報技術)と経済の関係についてどう考えているか。
過去の歴史に照らし合わせて考えることが重要だ。例えば、動力の変化の歴史がある。1800年代前半の工場では動力として蒸気機関がよく使われていた。当時は、動力源を中心に機械のレイアウトを考えなければならないなど、様々な制約があった。
その後、1800年代後半に蒸気機関に代わる動力として、発電機と電力が登場した。当初は、「電力によって生産性は上がるのか」という問いに対して「上がらない」という答えが主流だった。機械のレイアウトなどを変更せず、単に動力を蒸気から電力に置き換えただけだったからだ。
しかし、発電機は小型で出力を調整できたり、機械のレイアウトを自由にできたりという特性がある。こうした特性を生かして工場の設計を変えることによって、生産性が飛躍的に向上していった。工程を分割してそれぞれの担当者に裁量を持たせるなど、社会的・組織的な変革も生産性向上につながった。
このように、技術革新が起きたとき、新技術だけを導入してもほかを何も変えなければ生産性は上がらない。ITについても同様のことがいえる。ITの導入と社会的・組織的な変革は同時に実行しなければ成功しない。
日本は米国に比べてIT活用やITによる生産性向上が遅れているといわれることがある。
日本の雇用環境では、IT活用によって不要になった人員を削減しにくいという議論があるが、私はそれだけの問題ではないと思う。
ITの登場は、1800年代の電力の登場と比較しても、もっと大きい技術的な変革だ。社会的な変革が進むには、技術的な変革よりも時間がかかる。米国企業はIT活用に取り組んだ時期が早かった分、様々なアイデアを企業に取り入れる「実験」が進んでおり、その分社会的な変革が進んでいるのだと考えられる。