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 企業システム全体を「サービス」の集合ととらえるSOA(サービス指向アーキテクチャ)。ERP(統合基幹業務システム)パッケージの世界にもSOAの波は訪れている。ERPベンダーがSOAをなぜ重要と考え、どのようなことをやろうとしているのか。これに正面から答えた記事として、2005年8月22日号で日経コンピュータに掲載した、当時、独SAPの最高幹部だったシャイ・アガシ氏へのインタビューを掲載する。現在もその内容は全く古びていない。(聞き手は田中 淳)

主要ベンダーが打ち出すSOAのコンセプトはそれぞれ意味が異なり、やや混乱を招いています。

写真●シャイ・アガシ氏
写真●シャイ・アガシ氏

 当社が提唱している「ESA(ンタープライズ・サービス・アーキテクチャ)」を他社が言っているSOAと比べると、共通点が一つ、異なる点が三つあります。同じなのは、共通の技術仕様、すなわちWebサービスに関するオープンな標準仕様に基づく点です。

では違いは何でしょうか。

 まず、SOAの実現に必要なプラットフォームに対する考え方です。我々は、プラットフォームを「一つに統合して提供すべきもの」と、とらえています。それが、ESAにのっとったミドルウエア群のNetWeaverです。

 他社の場合は、SOAプラットフォームを実現するために、自社あるいは他社のさまざまな製品を組み合わせる必要があります。それらを統合する手間がかかってしまうんですよ。NetWeaverなら、1枚のDVDからインストールし、実行する。それでOKです。

1万種類の「サービス」を用意

 二つ目の違いは、ビジネスを支援する要素まで含むかどうか。他社はそれらを盛り込まずに、“空”の状態で提供しています。我々は技術だけでなく、ビジネスを直接支援する機能も提供すべきだと考えています。それが「エンタープライズ・サービス(ES)」です。

 現状のESは、当社の提供するパッケージ群「mySAP Business Suite」で提供するアプリケーションの機能を、サービスとして利用可能にしたものです。すでに500種類を公開しています。

つまりNetWeaverから呼び出せるサービスがすでにあると?

 その通りです。最終的に、品質が保証され、多くの企業がベースとして利用できるESを1万種類用意すべきだと、我々は考えています。それらを当社あるいはパートナが提供していきます。

 他社とのもう一つの違いは、SOAの価値をどこに見いだすかです。他社は「システムを要素に分解できる」点を重視しています。我々は、「当社製品と他社製品を組み合わせて、顧客が望むすべてのアプリケーションを提供できる」点に価値があると考えています。

 我々はアプリケーションとプラットフォームの両方を手がけています。これがSAPに大きな優位性をもたらしています。アプリケーションの開発を通じて、 SOAの実現にどのような機能やプラットフォームが必要なのかを学び、逆にプラットフォームの開発を通じて、SOAに必要なアプリケーションとは何かを学べるわけです。

 他社が打ち出すSOAは、言ってみればマーケティング上のコンセプトに過ぎません。当社のESAには実体が伴っています。これが他社との最大の違いかもしれません。

他社製ミドルウエアも検討

SOAの全面的な採用を打ち出したことは、SAPにとって大きな方針転換だと思うのですが。

 確かに、SAPにとって大きな変化です。当社だけでなく、誰でも自由にアプリケーションを作れるオープンなプラットフォームを実現したのですから。実際かなり長い間、どのように進めるべきかを話し合いました。

 議論は主に三つのレベルで進めました。まず、我々自身でプラットフォームを提供する必要があるのか、それとも他社製品を利用すべきなのか。第2に、現状で当社が販売している大規模なアプリケーションを、SOAというコンセプトを利用して本当に実現できるのか。もう一つは、我々がプラットフォームを作った場合、どこまでオープンにすべきかです。

なぜ他社のプラットフォームを採用しなかったのですか?

 いくつか試したけれど、うまくいかなかった。これが理由の一つ目です。

 もう一つの理由は、互換性がなかったことです。どれかプラットフォームを一つ選ぶと、他を排除することになってしまう。しかも、顧客の希望に応じようとすると、ある顧客向けにはIBMのWebSphere、別の顧客にはBEAシステムズのWebLogic、ほかにオラクル、マイクロソフトの.NET、 LAMP(Linux/Apache/MySQL/PHP)など、5種類あるいは6種類のプラットフォームが必要になる。我々の投資も、テストやサポートの手間も5倍、6倍に跳ね上がってしまいます。

 だからこそ、我々自身でプラットフォームを持つ必要があったのです。そうしないと、我々は「人質」になってしまう。分かるでしょう?何か障害があったとき、そのベンダーが修整するのを待たなければいけないのですから。現状では、プラットフォームに何か問題があれば、自社の担当者に言えばよいだけの話です。

5000人をプラットフォーム開発に投入

プラットフォームの開発にはどれだけの要員を投入しているのですか。

 当社の技術者は約1万人いますが、そのうち半数です。残りがアプリケーションを担当しています。

アプリケーションの開発負荷も相当重いと思うのですが、それだけの大量の人数を投入して大丈夫ですか。

 技術者の配分は、市場の状況を見ながら1年から2年に1回、調整しているので、問題ありません。しかも現在、顧客は単純に機能が増えることを望んでいるわけではないと思います。むしろ、アプリケーションをよりシンプルに、より柔軟にしてほしいとの希望が強いのではないでしょうか。

 その声に応える方策の一つとして、WordやExcelからSAPのアプリケーションが持つデータにアクセスできる製品「Mendocinoメンドシーノ」をマイクロソフトと共同で開発しています(本誌注:2006年に出荷を開始した)。(日本で05年6月に発表した)分析ツールのAnalyticsもアプリケーションの使い方を広げる製品の一つです。

 これらは、新たなプラットフォームなしには実現できません。プラットフォームがあるからこそ、アプリケーションに多くの革新的な機能をもたらすことができるのです。プラットフォームへの投資は十分なメリットがあることがお分かりでしょう。

07年までに、ESA実現に必要な製品をそろえる計画を表明しています。

 我々がNetWeaverを出荷したのは03年。04年6月には、NetWeaverで動作するERPパッケージを予定通り出荷しました。05年5月には予定よりも早く500種類のESを提供。これからAnalyticsを出荷しますし、Mendocinoも控えている。どれもESAに基づいています。

 さらに、05年9月にはmySAP Business Suiteを構成するすべてのモジュールをNetWeaverに対応させます。これらすべての製品計画が予定通りに進んでおり、07年に完了します。

NetWeaverも強化していますね。

 ええ。03年の出荷時には、我々はNetWeaverを「統合プラットフォーム」と呼んでいました。やり取りするメッセージの統合、さらにデータ・ウエアハウスによるデータの統合やポータルによる画面の統合など、さまざまなレベルでアプリケーションを統合することが主な役割だったからです。

 04年には、NetWeaverは「コンポジション・プラットフォーム」に進化しました。複数のアプリケーションを組み合わせたコンポジット(複合)・アプリケーションを実現するために必要な機能を提供するプラットフォーム、との位置づけです。

 コンポジット・アプリケーションは、言うならば「アプリケーションの上に作られたアプリケーション(Apps on Apps)」です。画面が2、3枚の軽いものもあれば、とてつもなく多くの画面を持つ大規模のものもあります。当社は「xApps(エックスアップス)」という名称で、現在20種類を提供しています。将来的に100種類に増やす計画です。

 続いて06年には、NetWeaverにビジネス・プロセスを組み込んで「BPP(ビジネス・プロセス・プラットフォーム)」にしていきます。この段階で、ビジネス・プロセスに沿った形でESを組み合わせて、システムを実現できるようになるわけです。

競合の5年先を行く

課題は特にないのですか?

 我々は正しいビジョンを抱いていると信じています。しかも我々全員が、同じ方向を目指して進んでいます。実は、この2点の実行が最も難しいのです。

 自分がどこに向かっているかを理解し、そこに到着するために全員で努力すれば、きっとよいことが起こる。行く手には丘があったり、難しい問題が発生したりするでしょうが、我々はきっと目的地にたどり着けるはずです。

SAPの顧客は、その思いを理解しているのでしょうか。

 ESAのビジョンや方向性を評価してくれていると認識しています。我々は競合他社よりも3年から5年、先を歩んでいる。この方向性を最も早く示し、しかもその方向は正しいのですから、我々の顧客は十分余裕を持って取り組むことができるはずです。

しかし、すべてのSAPユーザーがすぐESAを採用するとは思えませんが。

 確かに、新しい考え方が浸透するには、時間がかかります。顧客に限らず、我々ベンダーやパートナも同じです。

 ただ、SAPの顧客のうち、すでに1500社がESAに移行しています。こう言うと多いように聞こえますが、当社の全顧客のわずか5%に過ぎません。

 我々の顧客は、今後より激しい競合他社との争いに直面するでしょう。この点は極めて重要です。業種や市場を問わず、変化の勢いに加速度がつく。企業は、自社のビジネス・プロセスをできる限り早く変更できるシステムが必要になっているのです。市場のリーダーになるか、少なくとも他社に後れを取らないようにするには、ESAを採用するしか手がありません。もうこの道を進むしかないのです。

 ここで疑問が出てくるでしょう。今すぐにでも始めるべきか。それとも06年か、07年か? 様子を見ている余裕はそんなにないと、私は思います。

 我々が、ERPパッケージ(統合業務パッケージ)のR/3を出したときに、こんな質問をする顧客がいました。「なぜERPパッケージが必要なんだ?複雑すぎるし、金もかかりすぎる」。もはや、そんなことを問題視する企業はほとんどありません。同じことがSOAにも言えると思います。

2007年以降、ESAはどう進化していくのでしょうか。

 とても多くの可能性があります。我々はまだ、これから起こる変化の始まりを見ているにすぎないのです。

 SOAに基づいてシステムを構築することで、あるゆるものが影響を受けると思います。アプリケーションの見え方やその利用方法だけでなく、エンドユーザーが利用する機器、ネットワーク、サービスまで、システムを構成するすべての要素が変わる。そのくらい強い影響を及ぼすと確信しています。

シャイ・アガシ氏は、イスラエルでポータル・ソフト開発のトップティア・ソフトウエアや、中小企業向けERPパッケージ「SAP BusinessOne」の基盤を開発したトップマネージなどを設立。2001年4月に独SAPがトップティアを買収後、SAPポータルズのCEO(最高経営責任者)に就任。02年4月からSAPのエグゼクティブボードメンバー、05年4月から全製品の開発責任者を務めた。07年4月、SAPを退社した。