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【後編】PASMOとの相互接続時には12億通りもの運賃を検証した

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PASMOとの相互接続を開始して、Suicaシステムの処理量はどう変わったのでしょう。

 現在は、Suicaのトランザクションは1日当たり1500万件です。3月にPASMOと相互接続する以前は800万件でしたから、一気に倍近くに増えました。

 実は2006年1月に、センターにあるSuicaのIDを管理するサーバーの処理能力を、最大800万件から3000万件へと増強したんです。結果として、これくらい大幅に増強しておいてよかったと思いますね。もしけちって2000万件くらいにしていたら、既に限界に近付いていましたから。

PASMOとの相互接続は、大きなトラブルなしに開始できましたね。事前にどんな準備をしたのですか。

 運賃計算のロジックのチェックには、相当時間をかけました。なにしろ、運賃計算の複雑さたるや、東京は世界に例がありませんから。例えば国鉄系と地下鉄系と私鉄系が相互に乗り入れている鉄道があるなんて、世界でも日本だけです。このロジックを、Suicaの自動改札に入っているコンピュータは0.2秒ですべて計算しています。

 運賃計算の組み合わせは、兆の上、京の単位になります。さすがにすべてをテストするのは無理なので、接続時には代表的なものに絞りましたが、それでも12億を超えるパターンをチェックしました。今のところ、不具合は出ていません。

一方で昨年12月には、Suicaが使用不能になって利用者が改札を通過できなくなるトラブルが発生してしまいました(関連記事)。事業継続計画(BCP)については、どうお考えですか。

写真●小縣 方樹氏

 あの時は、特定のメーカー製の自動改札機に限って不具合が出てしまいました。このメーカーも含め、当社が自動改札機を調達している企業との間で、二度と再発しないよう、プログラムのロジックやOS、機器そのものなどを、二重、三重にチェックする体制を敷きました。日付データに関しては、向こう5年くらいの日付データをすべて検証するようにしました。

 体制面では、今年3月に「Suicaシステム管制室」を設置しました。これはSuicaの稼働状況やトラブルの状況を、モニターで24時間監視する施設です。鉄道も電子マネーも、すべてここで監視しています。とにかく危機管理には第一報が肝心ですから。

 今後は全社のBCPを、さらに深めていきます。例えばSuicaをはじめとした中央のサーバーを設置している建物を、設置している機器を含めて同じものをもう1つ持つ、という案もあります。現状、中央のサーバーはすべて二重化していますから、二重系のシステムを二重に持つことで、四重系になる計算です。

社会インフラという意味では、セキュリティも重要ですね。

 おっしゃる通りです。IC乗車券も、電子マネーによる他社との提携戦略も、すべてはセキュリティがあって初めて成り立ちます。ですから、セキュリティの確保には特に力を入れているつもりです。

 具体的には、社内の事業部門のアイデアを、セキュリティの観点からチェックする「セキュリティ・マネージャー」というスタッフを、2005年から設置しています。事業部門からはどんどんアイデアが上がってくるのですが、それをチェックして、セキュリティ上の弱点を指摘したり、セキュリティ確保のプランを出させたりします。

 技術面の施策としては、Suica関連機器のセキュリティ技術を評価・認証する制度を設けます。例えばPASMOも含めた自動改札機、電子マネーのリーダー/ライターなどの端末を、事業者が作るときには、この認証制度をクリアしなければならないようにする。具体的な時期は未定ですが、できるだけ早くつくりたいと思います。

 そして3つめとして、当社の経営トップも参加する技術懇談会を定期的に開いています。メーカーのエンジニアや大学の教授などをお招きして、セキュリティ技術の動向を聞いたり、巨大システムのセキュリティのあり方を提言していただいています。セキュリティの評価・認証制度は、この技術懇談会で出たアイデアなんです。

今後のシステム強化のポイントを教えてください。次期Suicaシステムは、どんなものになるのですか。

 まだ具体的な形はお話しできませんが、やはりセキュリティの強化は基本です。媒体、端末、ネットワークなど、強化すべき点は多いですね。

 媒体に関しては、メモリー容量を増やしたり使い勝手を良くしたりして、いろいろなビジネスを展開しやすくしていきたいと思っています。

 システム面では、Suicaを相互利用可能にする地域との接続サーバーが必要になるでしょう。来年3月には本州の主要都市、さらに北海道や九州まで広がりますから。

 先ほどの自律分散の考え方からしても、交通系のシステムは自前で持っていたほうがいい。接続サーバーは、各地域とのデータ交換をスムーズにする役割を担います。こうしたことも含め、具体的なアーキテクチャを、できるだけ早く固めたいですね。

 Suicaをはじめとしたシステム開発の人員を強化するため、2008年度の人員採用からは「IT・情報システム」枠を設けます。Suicaシステムやその他の情報システム、ネットワークなど、全体を強化しようという意図です。まずは20人ほどの採用を計画しています。

>>前編

東日本旅客鉄道 常務取締役 IT事業本部長 鉄道事業本部 副本部長
小縣 方樹(おがた・まさき)氏
1974年、日本国有鉄道(当時)に入社。87年4月、国鉄が分割民営化されたのに伴い、東日本旅客鉄道に入社。以後、鉄道事業本部営業部サービス課長、人事勤労課長、鉄道事業本部安全対策部長などを歴任し、2002年6月、取締役 鉄道事業本部運輸車両部長に就任。04年6月、常務取締役 鉄道事業本部副本部長。06年6月より現職。1952年2月生まれの55歳

(聞き手は,桔梗原 富夫=日経コンピュータ編集長,取材日:2007年5月22日)