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機能はサーバーに任せてネットワークはパイプに徹するべき

国内外を結ぶ実験用ネットワーク「JGN2」を生かし,産・官・学・地域の連携,および経済活性化と国際競争力の向上を図る「次世代高度ネットワーク推進会議」。この会議の会長であると同時に,日本を代表するネットワーク分野の研究者でもある宮原総長に,現状のIPネットワークが抱えている問題,実験用ネットワークのあるべき姿,技術者や研究者が持つべき視点を聞いた。

国内外で回線交換網をパケット網に置き換える次世代ネットワーク「NGN」の構築が進んでいる。パケット網で電話網を作ることが出発点だったわけだが,パケット技術の専門家としてこの動きをどう見るか。

 もともとパケット網は,瞬間的に大量のデータを送信するといったバースト性のあるトラフィックを想定して作られた。だから伝送中に少々遅延があっても構わないし,中継途中でエラーが生じたら再送すればよい。そのような条件で設計されている。

 一方の回線交換は,一定量のトラフィックが連続的に一定期間発生する電話のための方式だ。加えて,電話はリアルタイム性が求められるので,遅延のないネットワークが望ましい。

 パケット網と交換網を比べてみると,構築面でも保守面でもパケット網の方が低コストでできる。すると,音声や映像もパケット網で流したくなる。

 だけど,これがなかなか難しい。パケット網が得意としないリアルタイム性の強い電話や動画を扱うには,そのための新たな仕組みを組み込まなければならなくなる。ここである意味,本末転倒なことが生じる。シンプルだからこそ低コストだったパケット網が,仕組みが複雑になり,コストも高くなってしまうからだ。

 パケット網に様々な機能を組み込むというアプローチは,ATM(非同期転送モード;ATMセルと呼ばれる53バイト固定長のショート・パケットでデータ交換する技術)のときと同じだ。当時と今の違いは,通信回線の太さ。当時は帯域が狭かったので,遅延による通話品質の劣化を防ぐには,回線を長い時間占有しないようにパケット長を短くする必要があった。今はブロードバンドになったからIPパケットをそのまま通しても,占有時間は短いので支障はない。だから IP網を高度化する試みは,ATMとよく似ている。ATMは大掛かりになってコスト高になった。IP網がそうならないとは限らない。

ネットワークの高度化に関して幾度となく繰り返されてきたテーマに,「ネットワークはパイプとなって中継に徹するのがいいか,それともインテリジェントな機能を集中的に持つのがいいか」という設計思想の議論がある。

写真●宮原 秀夫氏
撮影:山田 哲也

 技術論で言えば,ネットワークはパイプの提供に徹するべきだろう。ルーターは高速にパケットを交換することだけを追求し,サービスはサーバーに任せるというモデルだ。そうした方がコストを抑えられる。

 ネットワークに様々な機能を要求すると,それがコスト増を招き,最終的にはユーザーが負担しなければならなくなる。

 そうではなく,IP網は中継だけに専念して,例えばセキュリティ機能が欲しいのなら,IPの上のレイヤーでエンドエンドで実現すればよい。我々はこうした考えを「オーバレイ・ネットワーク」と呼んでいる。下のレイヤーはできるだけシンプルにして,サーバーに様々な機能を実装するという方向で研究を進めている。

コストの負担という観点で見ると,昨年,インターネット・テレビを提供するコンテンツ・プロバイダなどがインターネット・インフラに“ただ乗り”して事業を展開しているという「インフラただ乗り論」が話題となった。この問題をどう見るか。

 料金体系を従量制にするのが解決策の一つだとは思う。しかし,今日現在,その策を採るのは難しいだろう。インターネットのトラフィックは急激な伸びを示しているものの,通信事業者は定額制で何とか踏ん張っていこうとしている。

 ただし,本当にそれでいいのだろうか。例えば高速道路は距離に応じた料金を支払うことで目的地に早く着ける。これと同じ考えが,ネットワークの世界にあってもよいのではないだろうか。大量のトラフィックを遅れることなく流したいのなら,その仕組みを実現するためのコストも一部負担するべきだ。

 社会インフラはどんどん安くすべし,という論調は理解できる。だからこそ,伝送サービスを提供する際には,「品質を保証し,セキュリティを担保したいのなら,これだけのお金がかかりますよ」というメッセージをはっきりとユーザーに示す必要がある。

>>後編 

大阪大学総長 次世代高度ネットワーク推進会議会長
宮原 秀夫(みやはら・ひでお)氏
1943年生まれ。73年大阪大学大学院工学研究科通信工学専攻博士課程。87年大阪大学大型計算機センター教授,89年大阪大学基礎工学部教授に就任。大型計算機センター長,基礎工学部長,留学生センター長,大学院情報科学研究科長を経て,2003年8月に第15代大阪大学総長に就任した。インターネットに代表されるネットワークのモデル化と性能評価,パケット交換技術の優位性やLANの多重アクセス制御,ATM(非同期転送モード)の研究に従事。目下,独立行政法人化した大学の経営に心を砕く。

(聞き手は,林 哲史=日経コミュニケーション編集長,取材日:2007年4月17日)