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 CRMソフトのSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)ベンダーから、複数のSaaSを連携させるためのプラットフォーム提供会社に脱皮しようとしている米セールスフォース・ドットコム。ジム・スティール社長は、「我々が提供しているプラットフォームではプログラマ4万人のコミュニティーが出来上がった。ベンチャー・キャピタルの資金もSaaSベンダーに急速に流れ始めた」と、ソフトウエアのサービス化の勢いを強調する。

SaaS開発のスタートアップ企業向けにサポート施設を提供しているそうですね

 昔シーベルが本社を置いていたサンマテオのビルに「インキュベーター・ラボ」を設置しました。創業者のマーク・ベニオフがシーベルに出資していたのが縁で、この場所になりました。年間2万ドルをいただいて、サーバーやネットワークを含めた開発環境と場所を提供しています。我々が1年半前に提供を始めたWebアプリケーションの連携基盤「AppExchange」で動くSaaSの品ぞろえを広げるのが目的です。今は36社が入居しており、ビルは満杯の状態です。

AppExchangeでは、どれくらいのアプリケーションがそろいましたか

 財務、プロジェクト・マネジメント、人事給与、採用など、すでに700本を超えるソフトウエアが公開されています。このうち80本は日本で生まれたものですよ。開発者向けに無償で提供している「Developer Edition」の利用者は全世界で4万人を超えました。

ソフトの開発者がSaaSの世界に流れ込んでいるわけですか

 開発者の関心だけではありません。ベンチャー・キャピタルのSaaSベンダーに対する投資も、ほんの数年前は500万ドル程度だったのですが、現在では2億5000万ドルを超えているという数字もあります。

プラットフォーム・アズ・ア・サービス、略してPaaSという、Webアプリケーションの連携基盤を単独で提供するビジネスモデルを提唱し始めましたが、これはユーザー企業、ソフトウエア・ベンダーのどちらを向いた事業なのでしょうか

 両方です。例えば、メリルリンチやシスコのような大規模ユーザーは、CRMにとどまらず、もっと幅広いアプリケーションを連携させて、カスタマイズしたいという要望が強い。2年半ほど前のことですが、自分のバージョンが欲しいというリクエストを複数のユーザーからいただきました。

 我々としては、カスタム・アプリケーションの開発もできないわけではなかったのですが、当社のCEOであるベニオフはその依頼を断りました。「特定顧客のためにアプリケーションを作るのは我々のビジネスモデルではない。最良のCRMソフトを最も安定したシステムで提供するという“コア”を逸脱すると、我が社の競争力が希薄になる」という考えからです。その代わりに、ユーザーに対して、Webアプリケーションの連携基盤を提供しようと考えたわけです。誰でもアプリケーションに制約のないアンバンドルな形でね。

ソフトウエア・ベンダーにとっては、どんなメリットがあるのですか

 ポーティングから解放されます。AppExchangeという1つのプラットフォーム、1つのリリースに対応させれば済むのです。まず、IBMのOSで最新バージョンをリリースしたとして、HPのUNIX、Linux、Windows版も用意しなければならない。ソフトウエア・ベンダーの開発コストの3分の2は、各種OSのサポートに充てられているという分析もあります。だからこそ、18~24カ月に1回のバージョンアップしかできないわけです。我々は4カ月に1回、バージョンを上げていますよ。

ただ、AppExchangeにどっぷりと浸かってしまうと、選択肢が狭まりませんか

 だからこそ、Webアプリケーションの疎結合という仕組みが意味を持つのです。不満があれば他のソリューションと簡単に入れ替えることができる。大規模なパッケージを入れるよりもリスクは小さいのです。数年前からユーティリティ・コンピューティング、SOA、Webサービス、マッシュアップ、オンデマンド・アプリケーションなど、いろんな言葉で狂言されてきたコンセプトが集まって具現化したのが、AppExchangeだなのです。

先頃、マイクロソフトが「Software plus Services」というコンセプトで、SaaSの世界に出るとアナウンスしました

 3年ぐらい前にも同じ話を聞いたような気がしますが…。マイクロソフトほどの大企業が本腰を入れてくれば、それは我々にとって脅威です。弊社は社員2300人の会社ですから。半面、SaaSという世界がメインストリームになり、業界標準に近づくという意味では大歓迎です。

 ただ、我々とはDNAが違います。マイクロソフトは顧客に“ロードマップを売る”のがうまい会社です。3年先にはこの機能を実現しますという将来の約束を含めてライセンス契約を結ぶわけです。このやり方は、Webの世界とは相容れません。我々の世界では瞬時のデリバリーが常識です。今できることを利用者に提供するのがSaaSの常識なのです。

 グーグルだってそうでしょう。「こんなサービスを考えているのだけれど、2009年まで待っていてくれ」とは言わない。すぐに利用者の目の前に出してくる。自分の小さな娘に今、「来年のクリスマスには自転車をプレゼントするよ」と言っても納得しないのと同じです。

 マイクロソフトにはいわゆる「イノベーションのジレンマ」もあります。SaaSとして10ドルのサービスを売り上げたら、ライセンス販売が10ドル減る。ただ、コンピューティングの方向はSaaSに向かっている。一度ブロードバンドを経験したら、ナローバンドの世界には戻れないでしょう。SaaSの世界を体験したら、クライアント/サーバーには戻れない。だからこそ、マイクロソフトも防衛的な意味でこちらのマーケットに入って来ざる得ないのでしょう。

日本にもインキュベーションの施設を作るそうですね。データセンター設置の計画もあるとか

 セールスフォースが創業したのが8年前。それから1年以内に日本に拠点を作りました。米国以外ではダブリンの次です。セールスフォースは年率50~70%で成長していますが、日本法人の成長率はそれを超えています。オフィスが手狭になってきたので移転する計画なのですが、それを機に米国の「インキュベーター・ラボ」と同じような施設をベンダーに提供します。

 データセンターも日本に置くというところまでは決めました。今のところ、米国のデータセンターを使っていても、プライバシーやセキュリティに問題を感じるというユーザーの声はありませんが、心理的なものに配慮すべきだと考えたのです。いつ、どこに、という部分は現在、検討しているところです。

 

米セールスフォース・ドットコム代表取締役社長
ジム・スティール氏
創業者のマーク・ベニオフ氏に次ぐナンバー2として、全世界の営業、サービス、サポート、マーケティングを担当する。IBMで北米東海岸地区担当のバイスプレジデントなどを歴任し、米Ariba社のワールドワイドセールスの取締役副社長を経て、2002年10月に米セールスフォース・ドットコム入社。IBM時代に約3年半、日本法人に駐在した経験がある。