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【前編】IT産業の脱“3K”を進める,施策間の壁を越えて相乗効果狙う

今年7月に経済産業省の情報処理振興課長に就任した八尋俊英氏は、日本長期信用銀行からソニーを経て、ブロードバンド関連のベンチャー企業を立ち上げた後に経産省に転じた異色の経歴を持つ。入省直後に民間時代の経験を生かしながら「情報大航海プロジェクト」を立案した。情報処理振興課ではどのような施策を進めていくのか。抱負を聞いた。

ソニーが出資したIT関連ベンチャーで常務取締役を務めた後、情報システム産業の育成と情報システムの普及を役目とする情報処理振興課長に就きました。2つの立場からみて情報システム産業の現状をどうとらえていますか。

 日本の情報システム産業は課題が山積みですが、特に人の活力が失われているのが大きな問題とみています。1つには、エネルギッシュな人が少ないのです。能力が高い人が集まって革新的なプロジェクトを進める、といったシリコンバレーのようなダイナミズムとは大きな隔たりがあります。

 中国と比べると顕著です。例えば、中国でインターネット利用者の6~7割の人が使っている検索エンジンの「百度(バイドゥ)」は中国人が製品化しています。百度の創業者は、米国に留学してからパナソニック・アメリカに勤めて経営を学んだ後、米国で優れた技術者と出会い「中国で検索エンジン・サービスを提供すれば当たる」と確信し行動したそうです。いまや時価総額7000億円以上の企業です。

なぜ中国と比べて人の活力が低いのでしょうか。

 人材を輩出する量が違います。中国と比べると新卒のIT関連の人材輩出量は雲泥の差です。

 中国でトップクラスの精華大学は、IT関連で毎年千数百人を社会に送り出しています。日本の東京大学や京都大学は、情報処理を専攻する学生が各数十人いる程度。トップクラスの大学を卒業する人材が2けた異なります。

 中国では、IT人材の量だけでなく質も高いといえます。中国の一般的な家庭で子どもに就いてもらいたい業種を聞くと、医療関連かIT関連と答えるそうです。IT関連の技術者はあこがれの職業なわけです。

国内は量だけでなく“質”も深刻

八尋 俊英(やひろ・としひで)氏
写真:新関 雅士

 一方の日本は、IT人材の輩出量だけでなく、質の低下も顕著です。情報処理技術者試験の制度改革を議論する委員会で大学の先生の話を聞くと「成績がトップクラスの学生は別の分野を目指すため、情報処理分野に優秀な人材が集まらない」と口をそろえます。

 学生から見た情報システム産業が、魅力的に映らないことが問題の根本的な原因です。日本の情報システム産業は、いわゆる“3K職場”といわれています。システム・インテグレータの担当者から、「最近では“結婚できない”とかさらに4つのKを加えた“7K職場”になっている。どうにかしてください」と陳情のような相談を受けました。

経産省では「高度IT人材育成」の施策に取り組んでいますが、人材不足の問題は解消できるのでしょうか。

 いままさに、ITスキルの整理や、情報処理技術者試験の改革など多角的に施策を進めていますが、これは必要最低限といったところです。

 ITスキルの整理は、情報システムに関する能力を体系化した「ITスキル標準」を策定済みで、すでに100社以上が採用しています。

“作って終わり”を改める

 情報処理技術者試験制度の見直しでは、社会人として誰でも共通に備えておくべきITの知識力を測る「エントリ試験」を追加します。昔の“読み書きそろばん”のように、専攻する学部や学科にかかわらず、最低限のIT知識を身につけてもらうのが狙いです。

 ただ、これら単体の施策で“何か作って終わり”といったやり方は改める必要があります。独立行政法人の情報処理推進機構(IPA)で未踏ソフトウェア創造事業として天才的な技術者の発掘・育成を進めていますが、認定して終わりではまずいでしょう。

 次の段階として、民間企業からきた私なりのやり方も交えて施策の効果を上げていけたらと思っています。

 1つには、各施策を結び付けて相乗効果を上げることです。人材育成もスキル標準だけ作るのではなく、同じくIPAのソフトウェアエンジニアリングセンター(SEC)という組織でソフトウエア工学を研究する活動を進めていますが、人の育て方とひも付けて考える段階に入っています。

 これまで施策は、それぞれ考え出された経緯が異なるため、バラバラに実施されていました。例えば、中小企業や地方を活性化する「IT経営応援隊」という施策は、ITスキル標準を策定する施策とは別の担当者らが進めています。担当者間でお互いの施策についての会話が少ない状態でした。

 ソフトウエア工学という軸で施策グループを形成するだけでなく、いくつかのまとまりを作ることにかなり力を入れています。来年度から始める、小規模事業者向けにサービス基盤を開発する施策もそうです。IT経営応援隊のチームとの協力体制を採ります。

効果が上がらない施策は早めにやめて、効果が高いところに回すことはできないのでしょうか。

 民間企業であれば、事業を定期的に評価して“選択と集中”を実施しますが、行政ではできないのです。まず、施策を評価するための指標や計算根拠がありません。原則的にコストを削減していく必要がありますが、一番やるべきことはどれかという話になりますと、各担当者は自分が提案した施策が大事になります。

 ただ、いま独立行政法人の見直しが進んでいます。公益的な目的がない限り、市場化していくように事業を見直します。IPAでは未踏ソフトウェア創造事業をはじめとしていくつかの事業があります。人材関連のグループとSECを結び付けて人材センターを作るとか、セキュリティ関連のセンターは公的機関で必要とか、IPAの役割を明確にしていく必要があります。その過程で、施策が絞られていくでしょう。

>>後編 

経済産業省 商務情報政策局 情報処理振興課長
八尋 俊英(やひろ・としひで)氏
東京大学法学部卒業後、1989年に日本長期信用銀行に入行。主に、ITやメディア系の投資銀行業務に従事。98年にソニーに転職し、ブロードバンドサービスカンパニーの統括部長ほかを歴任。その後、ソニーほかが出資したブロードバンド・コンテンツ配信会社のAIIを設立。05年6月に退社し、同年7月に経済産業省に入省。07年7月から現職。1965年5月生まれの42歳。

(聞き手は,桔梗原 富夫=日経コンピュータ編集長,取材日:2007年9月18日)